(2004年8月14日以降)

2007年09月03日

淡路島に行ってきたが、ホテルに籠もりっきりだった

水曜の晩から金曜にかけて、関わっているプロジェクトの合宿のようなものが淡路島で行われた。

同じ班に所属している研究者が三十人くらい集まって研究の現状を報告しあう「ワークショップ」ということだったが、ほとんど合宿と呼んでいいと思う。

というのも朝の九時から六時まで、昼食と何度かのコーヒーブレークを挟んで発表を聞きまくり。一件あたり二十分の発表に対し、だいたい三十分以上ディスカッションが続く。
夜は夜で食事会や自分の発表の準備。

宿泊も会議もウェスティンで行われたため、二日間建物の敷地から出ていない。目の前に青い海が広がっているというのに。

「手塚さんは水着持ってきているよね」と何人かから言われた。行動を読まれている。だが泳ぐ時間は無かった。

なかなか有意義な会であったと思う。良い刺激を受けた。時間はかかるが、こういうイベントは時折行われるといいと思った。

Posted by taro at 01:14 | コメント (0)

2007年08月29日

こんなものまでレンタルに

最近感心した商品。金券ショップにて。

青春18切符のレンタル。たしかにできそうだけど……。

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2007年08月26日

戦中の話

帰省中、祖母から八十年の人生をダイジェストで聞かされた。かなり濃かった。

その中でもう十回くらい聞かされた話があって、内容を暗記してしまったので、せっかくなので書き記しておくことにする。

祖母が秋田県本荘市で家政学校に通っていた頃の話である。当時は小学校の後に高等小学校が二年あって、それから進路が分かれる。祖母の場合は二年間、家政学校で学んだ。つまり、今で言うところの中学三年から高校一年くらいの年頃の話。

家政を学ぶということで、当然女子校である。しかし、昭和初期という時代背景を反映してか、初代校長は滋賀県から呼んだ長刀の女教師だったらしい。設立当初は袴と縞の上着が制服だったそうだが、祖母の入学した年からセーラ服になった。秋田のあたりには大正デモクラシーの気風が都会より遅れてやってきたとかで、昭和とはいえ比較的自由な雰囲気の中で祖母は学んだという。

学校に下村先生という熱血漢の先生がいて、女子生徒の間で絶大な人気があった。祖母の話に何度も出てくる親友のAさんなどは、この下村先生にぞっこんだったらしい。師範学校出の若い先生だったそうだが、何が専門であったかは祖母に聞いてもよく憶えていないという。いろいろ教えてくれたそうだ。教師数が少なくて、いくつかの教科を掛け持ちしていたのかも知れない。とにかく生徒を激励し、自信を持たせようとする前向きな先生だった。

当時の校長は祖母の母方の叔父さんだったのだが、下村先生があんまり生徒に人気があるということでやきもちを焼いていたらしく、家に来るたびに祖母を呼び出して、彼の噂を聞いたりしていたそうである。

ところが折しも戦争が激しくなってきた。男であれば出征しなくてはならない。下村先生にも命令が下った。

それで自分の写真の裏に短い文章を書いて、祖母に渡したのだそうである。もちろん、他の生徒にも渡したのではないかと思う。祖母が今でもそらんじているのは、以下のような文章である。


おのこやも 空しかるべき 万代に 語り継ぐべき 名は立てずして
おおいにやれ。正しさと豊かさのため。あくまで歩め。
時々来てくれ。母の世話を頼む。さらば。


短歌は山上憶良の作。後世に伝える名を残せずに死んでいくのは悲しいものだ、というような意味。

祖母に言わせると、

「あの時代に『豊かさ』ってのがねぇ。他の人は言わなかったわよねぇ」

豊かさへの憧れを口にすることが憚れた時代なのである。

いや、それ以前に、戦争に行って死ぬことが空しいとか言ってる時点で問題がありそうだが、下村先生はそれで戦地に赴き、戦死したのだそうである。

昔は多くの人があっけなく死んだ。

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2007年08月23日

東京日記その2

火曜:
昼、家で仕事。
夜、日暮里のペルシャ料理店「ザクロ」で飲み会を開く。ちょっと変わった店で、民族衣装着せられてベリーダンサーと踊らされたりとか水パイプ吸えたりとか、それはそれで面白かったのだが、久々に会った人たちなのでもっと喋る時間が取れれば良かった。人数も少し多すぎた。半分の人数で二回飲み会をやれば良かった。その方が話せた。皆さんそれぞれの分野で頑張っているようだった。赤田くんはヒューゴー賞受賞作を年度順にすべて読むということをやっているらしい。いい試みだ。今となってはあまり知られていない作品がすごく良かったりするとか。スチュワーデスをしているチセさんとは八年ぶりくらいに再会した。明日も空の上だそうだ。再会が再会を呼んだのか、学生時代、海外放浪サークルで知り合いだったNさんが偶然同じ店で飲み会をしていて、「手塚くんだよね?」と話しかけられた。これも八年ぶりくらいの再会。ウラジオストクからポルトガルまで自家用車で走ったという旅好きの人。なかなかの偶然だったが、単に海外放浪サークルの人間が来そうな店だったという気もする。中東のイエメンで知り合ったイエメンファンの人たちと飲んでいた。

水曜:
昼、えもけんさんと新宿オペラシティでめし。かつての後輩の女の子を紹介してもらう。面白い人だった。
夜、仕事。

Posted by taro at 21:31 | コメント (4)

2007年08月20日

東京日記

休暇を取って東京に帰省した時の日記。

火曜:
東京着。電話のルータを運用しているえもけんさんと池袋の「ロールプレイングカフェ」に行く。
ファンタジー世界の魔法学園内にある喫茶店ということになっていて、ウェイトレスの一人一人にくわしい(架空の)設定があるという、新時代の到来を感じさせる店。僕らにお茶を運んでくれた女の子は魔法学校の上級生で、実年齢は103才という設定、だそうである。眼鏡に少し萌えた。えもけんさんはここの常連らしい。

水曜:
昼、渋谷の名曲喫茶ライオンで読書。「帝都随一の音響設備」を誇る古い店。クラシックの名曲をリクエストできる。あまりリクエストする人がいないためか、僕の頼んだ曲ばかりかかっていた。
夜、道玄坂のビアホールでナナセ嬢、その旦那のHさん、高校の同級生のタダヨシと飲む。Hさんは神経内科医、タダヨシはオープンソース関連の本も出しているプログラマということで、脳とか生命とか新しいプログラミングのパラダイムについて話す。
夜中、祖母から八十年の人生をダイジェストで聞く。結構濃かった。

木曜:
昼、埼玉の研究所で微生物を調べているaを訪ね、最新の実験内容を見せてもらう。冷凍した大量のうんこを見せられる。実験の際、うんこをいかにまんべんなく混ぜるかが重要らしい。
夜、shim、寿司大くん、寿司大くんの奥さんが加わって、池袋で飲む。

金曜:
昼、勉強、発表用のスライドの作成。
夕方、神保町の書店街に行く。この前アマゾン経由で利用した古書店に立ち寄って、ちょっと嬉しい。
夜、皇居のまわりを一周走ってみる。北の丸公園から千鳥ヶ淵、国立劇場、国会議事堂、霞ヶ関、日比谷公園、大手町。お堀に沿ってジョギング用の道路が整備されている。道沿いに日本の中枢機関が次から次へと現れるのは圧巻。
女性がかなり多く走っている。ダイエット目的であろうか。ここはニューヨークかという感じ。いつか皇居周辺で働いている知人たちを集めてジョギング企画をしたい。

土曜:
朝、KGCの柴田さんに紹介してもらったベンチャーキャピタリストの若林さんと渋谷で会う。友人Yやそのボストン時代のルームメイトであるダーミくんも来る。
昼、同じく柴田さんに紹介してもらった触覚の研究者である仲谷さんの研究室を訪ねる。世界でまだ三つしか発見されていないという触覚の錯覚のうち二つを体験する。一つは仲谷さんが発見したもの。
午後、築地の魚問屋で働いている寿司大くんより大量の魚を購入。a宅に大勢で押しかけて調理して食う。魚パーティー。
夜、筑波のY宅泊。チャート分析のウェブアプリ「株グラフ」を作っているオズミックという会社の事務所を兼ねていて、スタッフが五人くらい同居して開発を進めている。デイトレーダーのsingooさんよりテクニカル分析の各種テクニックについて教えてもらう。いろんな経験的なルールがある。面白そう。

日曜:
昼、土星の惑星タイタンを研究してる石丸さん、KGCで「研究者図鑑」を作っている西尾さんと本郷でお茶をする。タイタンとエウロパとエンケラドゥスの違いについて聞き、土星と木星と小惑星帯のあたりに思いを馳せる。
研究のアイデアもちょっともらう。
夜、保険会社で働いているbabaさんと新丸ビルの蕎麦屋で飲む。

月曜:
家で仕事。

Posted by taro at 18:10 | コメント (2)