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2006年07月29日

日米開戦回避工作

研究室の院生のKリくんが最近、病院の院長先生にプログラミングを教えるというバイトをしている。

その院長先生というのは、木津屋橋武田病院の橋本院長。
奥様が経営されている長時間心電図のコンピューター解析の会社が新規事業としてウェブページ制作を始められたため、
ご自身もプログラムをいじれるようになっておこうと、
週に一回のペースでPHPを学ばれているのだという。

先日、Kリくんを通して食事にお誘いいただき、
院生のK村くんと三人で、堀川通りに面したビルの六階にあるオフィスを訪ねた。

会社の名称はアイ・メディアエージェントと言って、医療系のウェブページを多数受注している。

社員の皆さんや橋本院長、社長をされている奥さんが迎えてくださった。東京で学生をしている息子さんも来られていた。

橋本院長は非常に気さくな方だった。

「手塚さんのウェブページ、見ましたよ。面白かったです」

ありがとうございます。

「僕もこんな本を書いたんです」

そう言って見せてくれたのは、200ページを越えるハードカバー。

「謀略-かくして日米は戦争に突入した-」。

橋本院長の親戚にあたる岩畔豪雄さんという軍人さんが、太平洋戦争の直前、開戦回避に向けた交渉に取り組んだ姿を描いたもの。
非常に躍動感のある文章で、魅力的なノンフィクションである。
医師としての仕事の合間をぬって、五年がかりで完成させたという。

「こんなのもあります」と言って見せてくれたのは、書籍の内容をパワーポイントでスライドショー化したもの。

「介護施設でこれを見せると、喜ばれるんですよ。紙芝居ですけどね」

それぞれのスライドの雰囲気に合わせたBGMも付けられている。
これはたしかに、戦争体験者の気持ちを奮い立たせそうである。

スライドを見せてもらったことで、内容がよく分かった。

太平洋戦争については、陸海軍が自らの力を過信して戦争を始めたという見方が根強いように思う。
少なくとも僕もそんなイメージを持っていた。

だが実際の所、陸軍内部ではアメリカと戦っても勝てるわけがないと考えられていたため、消極論が強かったとか。

「軍人は現実的ですからね。負けると分かっている戦争は始めないですよ」と橋本院長。

生産力の違いが圧倒的過ぎる。軍事力も違い過ぎる。

一方、アメリカ側にも日本と戦争する必要はないという考え方があった。とにかくナチスを倒せばよい。

では、誰が日米開戦を引き起こしたのかといえば、当時の外務省である、というのが橋本院長のご著作の指摘である。

それに加えて、当時の世論もそれを後押ししていた。
アメリカやイギリスによる経済制裁(ABCD包囲網)によって日本の物資は窮乏し、国民の間で米英への怒りが非常に高まっていた。

そんな中、ヨーロッパ大陸を快進撃するナチスドイツを日本国民は喝采。
ドイツ・イタリアと手を結んで米英を倒そう、という世論が強くなっていく。

昭和十五年十一月、すなわち日米の開戦からおよそ一年前。
アメリカ政府のウォーカー郵政長官がカトリックの神父二名を日本に非公式派遣した。
ウォーカーさんはルーズベルト大統領の選挙参謀であり、懐刀と言われた人物。国務大臣のハルとも親友だった。
神父派遣の目的は、日米開戦を避けるための交渉を始めることである。

神父たちは最初、大蔵省のOBで産業中央金庫という所の理事をしていた井川忠雄さんという人の所にやってきた。
井川さんは大蔵省にいる間、ニューヨークにしばらく駐在していて、アメリカの金融機関との繋がりが深かったのである。

井川さんは当時の近衛首相とも知り合いだったため、話を持っていった所、近衛首相はそれを陸軍省に振った。
かくして陸軍軍務局で軍事課長をしていた岩畔豪雄(いわくろひでお)さんに話がまわってきた。

軍事課長というのは現在の官庁における課長と似ていて、
ゆくゆくは軍務局長を経て陸軍大臣になるというエリートコースだそうである。
岩畔さんはスパイ養成学校として有名な陸軍中野学校の創設や、インド人によるインド独立のための部隊、岩畔機関の設立にも関わっていた人物だという。
また、その直接の上司である当時の軍務局長は、のちに東京裁判でA級戦犯として処刑された武藤章。
彼もまた、対米開戦は避けたいと考えていた。

昭和十六年四月、岩畔さんはワシントンに赴き、井川さんや野村吉三郎駐米大使と共に、
アメリカ国務長官のハルらと交渉に当たり、「日米了解案」という合意事項を取り付けた。
大使・軍人・民間人・国務大臣・神父が一緒になって交渉を進めていく様は、とてもドラマティックである。

この了解案にはアメリカが満州国を承認することなどが記されていて、
その半年後に出されて日米開戦の直接の引き金となった「ハルノート」に比べ、日本政府にとって格段に納得のいく内容であった。

岩畔さんたちは大喜びでこの了解案を日本に送ったのだが、
欧州訪問から帰ってきたばかりの外務大臣、松岡洋右がこれを握りつぶしてしまう。

なぜかというと、岩畔さんたちが日米交渉に取り組んでいるまさにその時、
松岡外相はドイツを訪問しており、ナチスの盛大な行進を見せられ、ヒトラーに心酔してしまっていた。
了解案への対応にもヒトラーの指示を仰ぎ、結局、アメリカとの交渉は決裂してしまう。

やはり、誰が一番悪いかといって、ヒトラーが悪いのである。

その後の経緯は歴史の教科書に載っている通り。

戦後、岩畔さんはこれらの経緯に関して沈黙を守ったために、
外務省の主張だけが広まってしまった。
それに対して反論する意味で、この著作は書かれたのだという。

そのようなお話を聞かせてもらいながら、橋本院長やご家族、社員の皆さんと一緒に行ったのは、西洞院にある寿司屋。
京都中央卸売市場と繋がりのある人が経営している店らしく、脂の乗ったトロが非常に美味だった。

その後、祇園で何軒かのお店に連れて行ってもらった。

アイ・メディアエージェントでは電子カルテシステムの導入に関わったりしないんですか、と訊いてみたところ、
今のところそれは医療関係者の仕事を増やすだけ、とシビアなことを言っておられた。
手書きと電子版の両方を入力しなくてはならないため、負担が増えるのだそうだ。

さらに、先生がいつも背を向けてデータを入力することになるので、患者さんからの評判が悪いという。
難しいものである。

簡単な図を入れようと思っても、現在のインタフェースでは入力することができない。

「画面上に人体図が出てくるようにしたらどうですか。クリックしたらそこが選ばれるとか」
「いや、それより患者さんの肩に触ったら、それが入力になって……」

いろいろ方法は考えられそうな気もする。

「カルテを電子化するより、医者を電子化した方が早いですよ」と橋本院長は冗談めかして言われた。
医師の日常業務の中には電子化できる部分がかなりあるという意味だろう。

手書きのカルテの字というのは往々にして汚いため、ある先生のカルテの字を読めるということがひとつの技能になっていたりするらしい。

それならむしろ、問診の際、データ入力者を同席させるというのはどうだろうか。
現在の制度では、そういうことにはお金が出せないのだろうか。

「結局、日本の場合はお金を減らすための電子カルテじゃないですか」と橋本院長。
「医療サービスの向上のためではなく、ってことですか」
「そうそう」

処方量のミスなど、電子カルテシステムを一回通すようにすれば、かなり防げるような気もする。
少々お金がかかっても、やった方がいいように思うのだが。
日常業務の電子化を進めて医師の労働時間を減らしたら、それもまた医療の安全性向上に繋がるのではないか。

医療というもの、ちょっとした政策のミスによって人命がばたばた失われていく所は、軍事と共通しないでもないと思った。


「謀略-かくして日米は戦争に突入した-」

イワクロ.COM ~岩畔豪雄(いわくろひでお)と日米諒解案~

ウェブページ制作 アイ・メディアエージェント

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2006年07月25日

魚に足の皮膚を食べさせる + 閉館間際の美空ひばり館、行きませんか。

京都を代表する観光名所のひとつ、「嵐山・美空ひばり館」が今年11月で閉館するようです。

美空ひばりゆかりの品々を展示している他、大スクリーンで「川の流れのように」の熱唱が聴けるそうです。

行ったことないので、行ってみたいです。

一方、嵯峨野にあるスーパー銭湯「天山の湯」では、皮膚の古い角質を食べてくれることで有名なトルコの魚、ドクターフィッシュ入りの足湯を導入したとか。
美容や癒し目的で最近人気だそうです。

魚に足の皮膚を食べられる独特の感覚を堪能してみたいです。

奇しくもこの二つの注目スポットはそれなりに近接。

今度、二つ合わせて行ってみたいと思っているのですが、ご興味のある方、一緒に行きませんか。

両方に興味のある人は少ないような気もするので、どちらか一方でも。


さがの温泉 天山の湯 ドクターフィッシュ

美空ひばり館 公式ページ (←閉館に先立ってウェブページがすでに閉鎖されているのが潔いです)

美空ひばり館 外観 (←錯視の研究で有名な北岡先生の撮影だったりする)


「ドクターフィッシュ料理の店」とかあれば、究極のゲテモノとして話題を集めるかも知れないですね。

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2006年07月23日

軍事の研究

先週の研究会で、韓国からサバティカルで一年間来られているL先生が発表されていた。

サバティカルというのは外国の大学にある制度で、
何年かに一回、一年ほど大学での仕事を免除され、海外の機関に滞在できるという仕組みである。

L先生は普段は韓国の国防大学という所で教授をしていて、情報技術の軍事利用が専門。
指導している学生さんは皆、軍人である。

今まで指導してきた研究は、
データマイニングを利用して潜水艦を音で判別する技術(潜水艦が水中で出す音はひとつひとつ違う)、
戦闘機訓練映像の検索、
陸海空のデータベースの統合、
有事におけるトランザクション処理、
ITSを用いた軍輸送システム、などだそうである。

来年以降は、ユビキタスセンサーネットワーク(USN)の活用のひとつとして、
弾薬庫や休戦ラインに張り巡らし、警戒システムとして使用する研究をやりたいとのこと。

休戦ラインというのが非常に具体的である。

発表の最後に、「こんな動画があります」と言って、
ボーイング社の副社長が韓国国防大で講演した時のビデオを見せてくれた。

未来の戦争ビデオである。

CGを駆使して、雪の中で闘う軍隊の姿を描いている。

自社製品を売るために、こういうビデオを熱心に作っているようである。
いわばプロモーションビデオ。

軍需産業がちょっと身近に感じられた。

もうひとつ、面白いテーマ。

「今、軍隊にとって一番の問題はNPOなんです。ここで訓練したらダメ! とか、言ってくる団体がたくさんあって。そういう人たちとの戦いが重要になっています」

国防は大変である。

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2006年07月19日

人間の仕事は例外処理か

年末に行う国際シンポジウムに投稿された論文をチェックし、
査読者に割り当てるという仕事をやっているのだが、
例外的なことを行う人が多く、それへの対応に非常に時間がかかる。

全体の一割以下を占めるこの人たちへの対応に大半の時間を取られている気がする。
例を挙げれば、

・全然関係ないテーマで論文を送ってくる人。

・指導している学生に代わって投稿してくれたけど、その学生のメールアドレスを間違えている人。

・壊れたpdfを送ってきたので送り直してくれるように頼んだら、「僕の所でも開けません。投稿するのやめます」とか言ってくる人。

・名前が二種類あるイランの人。

などなど。いろいろ。

自分も他の所では例外的なことをよくしていそうな気がするので、人のことは言えないが。

こんな対応ばかりしていると、人間が行う仕事というのは主に例外処理なのではないかとさえ思えてくる。

今後、単純作業の自動化はますます進められていくと思うので、この傾向はさらに強まるような気もする。

遠い将来には、飛行機事故とか地震とか、大事件が起きた時だけ人間は働くようになるのだろうか。

Posted by taro at 23:05 | Comments (6) | taro's blog ℃

2006年07月17日

カヤック柳澤さん邸訪問。七里ヶ浜でサーフィン。

有名なIT系ベンチャー企業、カヤックの代表である柳澤さんの家で開かれたバーベキューに行ってきた。

鎌倉は七里ヶ浜の住宅街の一角。
30年以上前に建てられたという住宅には広い芝生があり、
その周囲を取り囲むように椰子の木が植えられていて、
開放的な室内もアメリカ的。

かつて西武が開発した高級住宅街だそうだ。
太陽族とか。そういう感じだろうか。

柳澤邸の芝生は綺麗に刈り揃えられているが、
先月はずっとイタリアで仕事をされていたため、
草ぼうぼうだったそうである。
バーベキューが行われるということで、前日に早起きして芝刈りをかけたのだそうだ。

来ていたのは柳澤さんのお子さんと同学年の子供を持つお父さんたち。
Y山さん、Wケさん、それからお母さんたちも。
皆、湘南に居を構えて、豊かな感じである。

そこに僕や友人の小関・Y川・K宮がお邪魔したという形。
カヤック社員であるF川さんやH本さんも来られていた。

以前、柳澤さんが勤めていた会社の先輩で、今は同じ鎌倉に住むというY山さんが言う。

「ここに住むようになってから、遊園地とか行かなくなったよね。海で十分という感じ。たまに出かけるとしたら、山とかね」

湘南に住むと、自然派になるようである。
実際、山と海が近いためか、東京の都心と比べるとびっくりするくらい涼しい。

Y山さんが勤めている会社というのはソニー資本の通販系の会社で、柳澤さんの奥さんも以前そこで働いていたという。
毎年必ず売れる商品を提案するヒットメーカーだったそうだが、
すでに起業のため退職していた柳澤さんとの結婚を期に彼女も退職したため、
社長は激怒したそうである。

だが、今ではその会社はカヤックと提携してBEYESというe-commerceのサイトを運営しており、
それが非常にうまくいっているため、逆に感謝されているとY山さんが言っていた。

バーベキューでは近隣の漁港で買ってきたというサザエやハマグリをご馳走になった。

夕方、七里ヶ浜でサーフィンに挑戦した。

生まれて初めてである。

柳澤さんのショートボードを借り、教えてもらう。

サーフィンをうまく行うために一番重要なのは、「パドリング」らしい。
すなわち、手をクロールのようにかいて、前に進むこと。

波に乗るためには、まず沖合に出なくてはならない。
サーフィンの上に腹ばいになり、押し寄せてくる波を越えて進み、波が砕ける場所より先に行く。
この段階でへとへとになってしまうと、あとで波に乗ることができない。

十分沖合に出たら、ボードの上にまたがって座り、「波待ち」の状態で待機する。

良い波が近づいてくるのを見たら、くるりと方向転換してボードの上で腹ばいになり、必死にパドリングして速度を上げていく。
ここがふんばりどころ。

「パドリングして、波と同じ速度にならなきゃだめ」と柳澤さん。

波が追いつく時、同じ速度になれていたら、その上に乗ることができる。

もしも波よりも遅ければ、波がボードの下を通り抜けていってしまうので、その上に乗ったり、よもやボードの上に立つことはできない。

うまく波を掴まえられたら、腹ばいになった状態から両手でボードを押し、反動で体を持ち上げて、ぴょんと立つのである。
これもなかなかテクニックがいるので、畳の上で何度も練習したり、イメージトレーニングするらしい。

当然、初めての僕は立つことなどできない。
しかし、サーフボードが波を受けると、ボードは大きく加速する。
これがなかなか速く、非常にスリリングで面白い。
波の上を、プールで泳いでいる時には考えられない速度で疾走できるのである。

素人はこれだけで楽しめる感じである。

僕ら以外にもたくさんのサーファーが周囲にいた。
うまい人たちは本当に器用に波の上をすいすいと渡っていく。
ボードの上で身動きが取れない僕のすぐ横を、颯爽と走り抜ける。
間近で見ると、その機動力の差に愕然とする。

サーフボードには大きく分けて二種類あって、ショートボードとロングボードと呼ばれている。

ショートボードの上に立てるようになるには三十日くらいかかるそうだ。
一方、ロングボードなら三日。

だが、ロングボードは直進しかできない。ただ波に乗っているというだけ。

小回りが利くのはショートボード。
スノボのようにさくさく切り返していたのは、皆、ショートボードのようである。

女性やおじさんはロングボードが多い。

「結局、サーフィンは体力のスポーツなので」と柳澤さん。

ロングとショートの中間の長さのものをファンボードと呼ぶらしい。

何度か沖合と浅瀬の往復を繰り返しているうちに体力が尽き、陸に上がった。

鎌倉の海岸は東から順に逗子・材木座・由比ヶ浜・坂の下・稲村ヶ崎・七里ヶ浜・東浜・西浜・鵠沼という風に並んでいる。
江ノ島があるのが西浜のあたり。
このあたりはよそから来た人が多い。
稲村ヶ崎と七里ヶ浜はローカルの人が中心。50代の人も、普通にサーフィンしている。

親の代から湘南に暮らしているというWケさんに言わせると、コンスタントに良い波が出るのは鵠沼(くげぬま)。
良い波というのは単に高い波というだけでなく、波頭の砕け方も重要らしい。

稲村ヶ崎と七里ヶ浜には日によってとても良い波が来る。
ただし、七里ヶ浜は少し沖に出ると足下が砂ではなくリーフになっているので、波に呑まれて頭を打ったりすると危険。
実際、僕も沖合で波に乗っていて、たまたま足がついたら堅い岩場になっていたのでぎょっとした。
こんな所に頭を打ち付けたりしたら、本当に溺れそうだ。
サーフィンの最盛期には、毎年水死するサーファーが後を絶たなかったという。

行方不明者が出ると、警察や地元の人たちがみんなで手を繋いで横並びの長い列を作り、沖合に向かって歩いていく。
そうすると、誰かの足に水死体がぶつがる。
そうやって発見するのだそうだ。

なお、カヤックのメンバーでサーフィンをする人はそれほど多くなく、
最近はむしろ筋トレが流行っているらしい。
柳澤さん、F川さん、H本さんなどが熱心にジムに通っている。

「持ち上げられる重さが半年の間に40キロ、45キロ、50キロという風に上がっていく。その感覚が何ともいえない」のだそうだ。

こちらもなかなか奥が深い世界のようである。


カヤックでは夏休みのインターンを募集しているとか。

鎌倉の海辺で遊びつつ仕事をしたい方、ぜひご応募を。

24時間遊び、24時間働く、というのがコンセプトである。

面白法人KAYAC

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2006年07月15日

人間が長生きな理由。パレートの法則。リクルートWeb APIなど。

今週の初め、出張で大阪に来られているリクルートのK岡さん、
関西勤務のH部さんにおごってもらい、大阪の北新地で飲んだ。

北新地で飲むなんて、初めてかも知れない。

学生のY本くんと一緒に行った。

リクルートの方々には研究関連でお世話になっている。

店に入るなり、H部さんが別のグループのお客さんから声をかけられた。
リクルートの偉い人とのこと。

そのお店自体、リクルートの社員が副業で経営しているとかで、同僚の利用が多いのだそうだ。

副業でお店を持ってしまう人、結構いるらしい。
ずいぶんと生産的な趣味である。

   ◇     ◇

リクルートは現在、ウェブ上のサービスで膨大な利益を上げている。
もちろん、紙の媒体でも。

その仕事をひとことでくくるのは難しいが、
K岡さんに言わせると、「マッチング」ということになる。

人と人、人とビジネス、ビジネスとビジネスを結びつける仕事。
ネットによってその範囲はさらに広がっている。

   ◇     ◇

音声変換を利用したアプリの可能性に関して雑談。

自分の喋った英語の発音をネイティブ風に直してくれるソフトとか、あれば面白い。

おばーちゃん用携帯というのがあって、喋った言葉をゆっくりに変換してくるらしい。

逆はどうか。

目の見えない人は、音声を聞き取る速度がものすごく速いと言う。
そのため、ウェブページの読み上げソフトは何倍もの速度で読み上げるように作られている。

目の見える人も、鍛えたらそんな風になれるのだろうか。

テレビを早送りで見れるようになれば、時間をより有効に使えそうである。

今度、「映画を1.5倍速で見る会」とかやってみると、面白いかも。

   ◇     ◇

話しながらメモを取る僕を見て、H部さんに感心される。

電子化しないのかと聞かれる。

手書きのメモはたくさん書き貯めているけれど、自分で打ち込むのは大変。

現在のOCRでは読み取りが難しいと思うので、パーソナライズドOCRが作られて欲しい。

そのための基礎データとして、小学校の漢字の書き取り帳をすべてデータベースに入れておくのはどうかという案。
全国民の漢字書き取り帳を蓄えるようにすれば、誰でもパーソナライズドOCRが使えるようになるのではないか。

   ◇     ◇

リクルートでは社員の提案を事業化する仕組みがあるらしく、
H部さんはそれに応募するための準備を進めている。

400件以上出される提案のうち、実際に事業化されるのは3件程度という狭き門だが、
書類審査を通って役員へのプレゼンテーションができるのは18件くらい。
そこまで行ければ、あとは6倍。

前回はサラリーマンが小口の出資で店のオーナーになるという事業を提案したそうだが、
今回は「家族」をテーマにした提案を出そうと考えている。

「ほら、少子化が問題じゃないですか」

最近結婚したというH部さん、少子化解決案をひとつ呈示していた。

「ある天文学者の人が言っていた説らしいんですけど。
人類が繁栄したことの一因は、おばあちゃんが子育てに協力するからだって。そんな生物、他にいないでしょう?
だから、三世代の同居をもっと増やして、おばあちゃんが孫を育てやすいようにしたら、親の負担も減り、人口が増えやすくなる、という説で」

ひとつの観点として面白い。

「だって、生殖能力が無くなっても生き続けるって、不思議じゃないですか」

人間の寿命が他の生物に比べて長いのは、そのためだったのか。

「それじゃ、おじいちゃんが存在する意味は?」
「おばあちゃんを食わせていくためですよ」
「なるほど」
「ということは、おばあちゃんが子育てしたくなるような雑誌を作ったらいいんだ」

子育ての熟練者に雑誌で教えることなんて、何も無いのかも知れないが。

   ◇     ◇

経済学ではパレートの法則といって、会社の利益の8割は社員の2割が生み出しているという説がある。

K岡さんによると、蟻の中にも怠け蟻と勤労蟻がいるらしい。
怠け蟻だけを取り出して集団を作らせると、それがまた怠け蟻と勤労蟻に分かれるとか。

何によってそのような判断をしているのか。
今なら怠けても大丈夫だな、とか判断しているのか。
食料の消費を減らすために身についた習性なのか。

蟻ごときがそういった怠け心を持っているとすると、
愛とか挑戦とか、人間的と思われる感情にも実は一億年くらいの歴史があるのかも知れない。

   ◇     ◇

リクルートは最近、一般向けのウェブAPIを公開している。

「よく出したと思いますよ。うちの商売の種なのに」とK岡さん。

じゃらんやフロムエーの情報が検索でき、それを使ったコンテストも開催している。

ぜひ、多くの人に応募してもらいたいとのこと。

Sun×RECRUIT Mash up Award

Sun側の告知

リクルート提供のAPI一覧

Sunの開発ツールを使うと得点が加算されるらしい。

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2006年07月12日

忠犬タマ公

学会で新潟に来ました。

有名な「忠犬タマ公」の像です。

タマの叫びが聞こえてきます。

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2006年07月09日

ロバート・オーウェンの起業家サークル

週末、西大路のショッピングセンターのハンバーガー店でノートPCを広げて論文を書いていたら、懐かしい人と出会った。

肩に掛けた栗色の布に赤ちゃんを抱えて入ってきたのは、Mさん。旧姓Fさん。
会うのは三年ぶりくらいか。

「今、やっと寝ついたんで。お茶しようかと思って」

眠っている赤ちゃんを僕に見せながら、
まるで言葉をひとつずつ選んでいるかのようにおっとりと喋る彼女、
今は大学で駆け出しの研究者をしているという。

昔、フィールドワーク研究会というサークルを見に行った時に知り合ったのだが、父親は有名な文化人類学の先生。
旦那も工学部で研究者をしているとかで、研究者一族である。

彼女の専門は、経済思想史。

「いつの時代を研究しているんですか?」
「19世紀のイギリス。ロバート・オーウェンとか……」
「オーウェン?」
「最初に幼稚園を言い出した人で……」
「あ。もしかして、『空想的社会主義者』でしたっけ?」
「そう言われているんですけど……」

オーウェン研究者的に言わせると、別に「空想的」ではないらしい。

偶然だが僕も最近、別の場所でオーウェンの名前を見かけたのを思い出した。

「この前、ロンドンからエディンバラに電車で行ったんですけど。途中に面白い場所が無いか調べていたら、オーウェンが作った工場ってのが載ってましたよ。名前、忘れたけど」
「ニューラナーク」
「そうそう! 行ってみたかったけど、時間が無かったので行かなかったんです」
「オーウェンはニューラナークに行く前にマンチェスターで修行しているんですけど、その頃がとても楽しそうなの。サークルを作ったりとか」
「社会主義者のサークル?」
「いえ、起業家が集まったりとか。ほら、今と似た感じで。大学以外の勉強会とかで」

日本でも最近、起業家のサークルが活発に活動しているが、イギリスには百年前からあったようである。

地球の歩き方イギリス版に書かれていた説明によれば、オーウェンは実業家として成功したのち、自らの財産を注ぎ込んで労働者の生活環境改善に尽くした人である。
労働者の地位向上のためには教育が重要であると考え、工場に併設の幼稚園を設立したり、衛生的な住宅を提供したりした。
だが、労使協調的な穏健路線がマルクスなど共産主義者によって「空想的社会主義」と批判され、日本でもそのように教えられることが多い。

「オーウェンは何歳くらいだったんですか、そのサークル作った時」
「20代前半くらい」
「またくわしく聞かせてくださいよ」
「まだ論文は書けてないんですけど、また出来たら連絡しますね」

現代の起業家サークルと比較してみるのはなかなか面白いかも知れない。

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2006年07月07日

近所の喫茶店の初夏

最近壁紙にしている、近所の喫茶店で撮った写真。

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2006年07月05日

魚のゴミ箱

琵琶湖の湖畔に、魚のゴミ箱がありました。

外来魚が増えすぎて、琵琶湖本来の生態系が乱されているため、釣ったブルーギルやブラックバスは湖に放さずここに入れましょうとのこと。

箱の中を見たい方はこちら。

さらに、回収スポットでスタッフの人にまとめて渡すと、商品券のように使える「びわこルールひろめよう券」がもらえるらしいです。

回収スポットの横には、山積みにされたプラスチックケースの中に魚がすし詰めになっています。これも少し気持ち悪いかも。

僕がプラスチックケースを覗き込んでいると、スタッフらしきおじさんが話しかけてきました。

「こんな同じ魚ばっかりでっせ」
「ブルーギル?」
「そう」
「ブラックバスなんかは、少ないんですか?」
「少ないですねぇ」

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2006年07月01日

明日は一年の真ん中の日です。

お正月に立てた目標、半分くらい達成できましたでしょうか?

僕はぼちぼち。がんばっていきたいと思います。

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