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2006年07月29日

日米開戦回避工作

研究室の院生のKリくんが最近、病院の院長先生にプログラミングを教えるというバイトをしている。

その院長先生というのは、木津屋橋武田病院の橋本院長。
奥様が経営されている長時間心電図のコンピューター解析の会社が新規事業としてウェブページ制作を始められたため、
ご自身もプログラムをいじれるようになっておこうと、
週に一回のペースでPHPを学ばれているのだという。

先日、Kリくんを通して食事にお誘いいただき、
院生のK村くんと三人で、堀川通りに面したビルの六階にあるオフィスを訪ねた。

会社の名称はアイ・メディアエージェントと言って、医療系のウェブページを多数受注している。

社員の皆さんや橋本院長、社長をされている奥さんが迎えてくださった。東京で学生をしている息子さんも来られていた。

橋本院長は非常に気さくな方だった。

「手塚さんのウェブページ、見ましたよ。面白かったです」

ありがとうございます。

「僕もこんな本を書いたんです」

そう言って見せてくれたのは、200ページを越えるハードカバー。

「謀略-かくして日米は戦争に突入した-」。

橋本院長の親戚にあたる岩畔豪雄さんという軍人さんが、太平洋戦争の直前、開戦回避に向けた交渉に取り組んだ姿を描いたもの。
非常に躍動感のある文章で、魅力的なノンフィクションである。
医師としての仕事の合間をぬって、五年がかりで完成させたという。

「こんなのもあります」と言って見せてくれたのは、書籍の内容をパワーポイントでスライドショー化したもの。

「介護施設でこれを見せると、喜ばれるんですよ。紙芝居ですけどね」

それぞれのスライドの雰囲気に合わせたBGMも付けられている。
これはたしかに、戦争体験者の気持ちを奮い立たせそうである。

スライドを見せてもらったことで、内容がよく分かった。

太平洋戦争については、陸海軍が自らの力を過信して戦争を始めたという見方が根強いように思う。
少なくとも僕もそんなイメージを持っていた。

だが実際の所、陸軍内部ではアメリカと戦っても勝てるわけがないと考えられていたため、消極論が強かったとか。

「軍人は現実的ですからね。負けると分かっている戦争は始めないですよ」と橋本院長。

生産力の違いが圧倒的過ぎる。軍事力も違い過ぎる。

一方、アメリカ側にも日本と戦争する必要はないという考え方があった。とにかくナチスを倒せばよい。

では、誰が日米開戦を引き起こしたのかといえば、当時の外務省である、というのが橋本院長のご著作の指摘である。

それに加えて、当時の世論もそれを後押ししていた。
アメリカやイギリスによる経済制裁(ABCD包囲網)によって日本の物資は窮乏し、国民の間で米英への怒りが非常に高まっていた。

そんな中、ヨーロッパ大陸を快進撃するナチスドイツを日本国民は喝采。
ドイツ・イタリアと手を結んで米英を倒そう、という世論が強くなっていく。

昭和十五年十一月、すなわち日米の開戦からおよそ一年前。
アメリカ政府のウォーカー郵政長官がカトリックの神父二名を日本に非公式派遣した。
ウォーカーさんはルーズベルト大統領の選挙参謀であり、懐刀と言われた人物。国務大臣のハルとも親友だった。
神父派遣の目的は、日米開戦を避けるための交渉を始めることである。

神父たちは最初、大蔵省のOBで産業中央金庫という所の理事をしていた井川忠雄さんという人の所にやってきた。
井川さんは大蔵省にいる間、ニューヨークにしばらく駐在していて、アメリカの金融機関との繋がりが深かったのである。

井川さんは当時の近衛首相とも知り合いだったため、話を持っていった所、近衛首相はそれを陸軍省に振った。
かくして陸軍軍務局で軍事課長をしていた岩畔豪雄(いわくろひでお)さんに話がまわってきた。

軍事課長というのは現在の官庁における課長と似ていて、
ゆくゆくは軍務局長を経て陸軍大臣になるというエリートコースだそうである。
岩畔さんはスパイ養成学校として有名な陸軍中野学校の創設や、インド人によるインド独立のための部隊、岩畔機関の設立にも関わっていた人物だという。
また、その直接の上司である当時の軍務局長は、のちに東京裁判でA級戦犯として処刑された武藤章。
彼もまた、対米開戦は避けたいと考えていた。

昭和十六年四月、岩畔さんはワシントンに赴き、井川さんや野村吉三郎駐米大使と共に、
アメリカ国務長官のハルらと交渉に当たり、「日米了解案」という合意事項を取り付けた。
大使・軍人・民間人・国務大臣・神父が一緒になって交渉を進めていく様は、とてもドラマティックである。

この了解案にはアメリカが満州国を承認することなどが記されていて、
その半年後に出されて日米開戦の直接の引き金となった「ハルノート」に比べ、日本政府にとって格段に納得のいく内容であった。

岩畔さんたちは大喜びでこの了解案を日本に送ったのだが、
欧州訪問から帰ってきたばかりの外務大臣、松岡洋右がこれを握りつぶしてしまう。

なぜかというと、岩畔さんたちが日米交渉に取り組んでいるまさにその時、
松岡外相はドイツを訪問しており、ナチスの盛大な行進を見せられ、ヒトラーに心酔してしまっていた。
了解案への対応にもヒトラーの指示を仰ぎ、結局、アメリカとの交渉は決裂してしまう。

やはり、誰が一番悪いかといって、ヒトラーが悪いのである。

その後の経緯は歴史の教科書に載っている通り。

戦後、岩畔さんはこれらの経緯に関して沈黙を守ったために、
外務省の主張だけが広まってしまった。
それに対して反論する意味で、この著作は書かれたのだという。

そのようなお話を聞かせてもらいながら、橋本院長やご家族、社員の皆さんと一緒に行ったのは、西洞院にある寿司屋。
京都中央卸売市場と繋がりのある人が経営している店らしく、脂の乗ったトロが非常に美味だった。

その後、祇園で何軒かのお店に連れて行ってもらった。

アイ・メディアエージェントでは電子カルテシステムの導入に関わったりしないんですか、と訊いてみたところ、
今のところそれは医療関係者の仕事を増やすだけ、とシビアなことを言っておられた。
手書きと電子版の両方を入力しなくてはならないため、負担が増えるのだそうだ。

さらに、先生がいつも背を向けてデータを入力することになるので、患者さんからの評判が悪いという。
難しいものである。

簡単な図を入れようと思っても、現在のインタフェースでは入力することができない。

「画面上に人体図が出てくるようにしたらどうですか。クリックしたらそこが選ばれるとか」
「いや、それより患者さんの肩に触ったら、それが入力になって……」

いろいろ方法は考えられそうな気もする。

「カルテを電子化するより、医者を電子化した方が早いですよ」と橋本院長は冗談めかして言われた。
医師の日常業務の中には電子化できる部分がかなりあるという意味だろう。

手書きのカルテの字というのは往々にして汚いため、ある先生のカルテの字を読めるということがひとつの技能になっていたりするらしい。

それならむしろ、問診の際、データ入力者を同席させるというのはどうだろうか。
現在の制度では、そういうことにはお金が出せないのだろうか。

「結局、日本の場合はお金を減らすための電子カルテじゃないですか」と橋本院長。
「医療サービスの向上のためではなく、ってことですか」
「そうそう」

処方量のミスなど、電子カルテシステムを一回通すようにすれば、かなり防げるような気もする。
少々お金がかかっても、やった方がいいように思うのだが。
日常業務の電子化を進めて医師の労働時間を減らしたら、それもまた医療の安全性向上に繋がるのではないか。

医療というもの、ちょっとした政策のミスによって人命がばたばた失われていく所は、軍事と共通しないでもないと思った。


「謀略-かくして日米は戦争に突入した-」

イワクロ.COM ~岩畔豪雄(いわくろひでお)と日米諒解案~

ウェブページ制作 アイ・メディアエージェント

Posted by taro at 2006年07月29日 18:44

コメント

こんにちは。
日米戦争は、(加藤周一さんのお言葉を借りれば)なしくずし的に、始まって進んだのだとなんとなく思っていました。その一番初めの石ころ転がしにも、ちゃんと歴史があったと思うと少し安堵感を覚えます。不謹慎ですけれども。
話は変わりますが、医療の電子化は当然進むと思います。「プログラムにできることはプログラムに任せる」情報の方々の思考の影響が、医療者にも浸透してきているからです。
ご存知のように日本の医療費は各国と比べてかなり安いほうですから、ご指摘のように、医療安全への先行投資にまで財源が回らないのはつらいところかもしれません。
過渡期に苦労が多いのは何でも同じことなのでしょうね。
ただ、患者さんからの評判が良くなるようにするために、どんな改良が必要なのかは研究の価値があると思います。

ガラにもなく、コメントを書いてしまいました。
面白い文章だと思ったからです。ありがとうございました。

Posted by: YUMIE at 2006年07月31日 02:08

僕が小さい頃は、「199X年、世界は核の炎に包まれた」になるものだと思ってましたが、
結局、ソ連とアメリカの間の核戦争というのは起きませんでした。

なので、回避できることもあるようです。
太平洋戦争がなければ、水爆が実戦で使われたことがないように、原爆も使われずに済んだのかも。

日本の医療費の対GDP比、先進国の中で格段に安く抑えながら
これだけのレベルを維持できているのはすごいことですね。

過渡期にお金がかかるようであれば、
保険料が少々高くてもいいので先行投資して安全性を向上していってくれればと思います。

Posted by: taro at 2006年07月31日 19:37

面白い話題です。
確かに電子カルテに止まらず、医療の情報化を図るためには「入力者」というよりは専業の情報担当要員が必要だと思います。
ジェット戦闘機でもF15やF14のように高度に電子化された機体を操作するためにはパイロット以外に、別途、レーダー要員が乗務しレーダーや電子機器の操作に専念しています。最新鋭のFB-22ラプターでさえ高度の任務に当たるときには二人乗務と聞いています。
よっぽど技術が進歩して、ロボコップのように、医者が頭で考えるだけでゴーグル・スコープに必要情報が表示され、all audiovisualな記録が出来るようになれば話は別ですが、現状の電子カルテはまだまだ使い勝手のよくないものばかりです。

医療も空中戦と同じです。

刻一刻、必要な情報を入手し、的確な判断を瞬時に下し、行動に移らなければなりません。
医療が未来化するためには、まず、情報担当要員の経費ぐらいは診療報酬から面倒見るぐらいの「気前の良さ」を厚労省に持ってもらわなければならないでしょうね。

Posted by: RoboDoc at 2006年08月05日 14:49

空中戦のたとえ、興味深かったです。

現在の電子カルテシステムは、パイロットにレーダーの操作もさせているようなものなのですね。
なかなか普及しないのも分かる気がしました。

情報担当要員、病院のスタッフに加わった方が良いと思いましたが、
診療報酬がそのようになっていないのは残念です。

Posted by: taro at 2006年08月06日 00:11

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