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2006年08月16日

皮膚からES細胞、微生物でL-ドーパ、混合微生物叢

大学の地下で営業しているA地下バーを久々に訪ねると、お客が十人近くいて賑わっていたのだが、常連に混じってオトナな感じの美女三名と男性一名という四人連れが来ていた。

話を聞いているうちに、そのうち二人はその日ニュースに大きく出ていた「皮膚の細胞からES細胞作った」研究室の院生、あとの二人も同じ再生医科学研究所の人たちということが分かり、非常にタイムリーに興味深い話を聞かせてもらった。

さばさばしてあかぬけた感じのIさんという女性が教えてくれたことによると、今回、雑誌Cellに掲載された発見のポイントはES細胞特有と考えられていた24個の遺伝子のうち、実際に必要なものを4つまで絞り込んだ点。すなわち、Oct4、Sox2、c-Myc、Klf4という4つの遺伝子をレトロウィルスを使ってマウスの皮膚の繊維芽細胞に組み込み発現させたところ、ES細胞と同じような働きを示したという。

「一番びっくりしたのは、Nanogを使わなくて良かったことですよ」とIさんは言う。NanogというのはES細胞特有と思われていたDNA結合タンパクらしい。今回使われたOct4やSox2の下流因子に当たるという。

「でも、ES細胞になったことって、どうやって検証するんですか?」と訊いてみる。

いくつか検証方法があるらしく、ひとつはES細胞特有のタンパクを調べる方法。また、in vitroで行う場合、神経や心筋など、誘導が容易なものに分化させるという方法がある。in vivoで行う場合は、免疫抑制系統マウスという、免疫のないマウスに組み込み、作られる良性腫瘍(テラトーマ)に三胚葉が形成されていることを確認する。

しかし、完全な検証は難しいため、Cellに載せた論文ではES細胞という表現は使っておらず、iPS細胞(誘導多能性幹細胞)という言い方にしたそうである。

「骨格の細胞も作ってましたよー。『出来たよ、出来たよ』とか喜んでた。どれがどれだか分からなかったけど」とIさん。

A地下バーでマスターをしているaが微生物の研究者であるというのを聞いて、Iさんたちも微生物実験で苦労した経験を語る。

「アグリゲーションしちゃって大変でした」
「ロゼッタガミ(Rosetta-gami)っていうのを使うといいですよ」

大腸菌と真核生物の細胞では頻繁に使われるコドンの種類が違うらしく、大腸菌に人間のタンパク質を合成させたりすると、特定のtRNAが足りなくなってしまうことがある。そこで、tRNAの割合を真核生物のそれに近づけたのがRosetta株。また、Origami株というのはタンパクの折りたたみに使われるシャペロンを合成させるようにしたもの。アグリゲーションというのはタンパク質が細胞内で塊を作ってしまうことだが、折りたたみが正常に行われることでそれを避けられるのだという。両方の遺伝子を継承しているのがRosetta-gami。

「でも、わざわざ大腸菌使うことないですよ。培養細胞でやればいい。大腸菌はうんこ臭いから」とa。
「ほんと。臭いですよね。タンパク質発現させた後の匂いとか」とIさんたちも同意。
「あいつらフェーズがあるらしくて。そういう時に匂ったりする」
「16時間誘導後のこの匂いは何、みたいな。アラビノースプロモータとかIPTGで誘導する実験したんですけど」

プロモータというのは遺伝子の転写が始まる起点。アラビノースの代謝に関わる遺伝子のプロモータは強い、つまり転写を開始しやすいので、その下流に誘導したい遺伝子をくっつけてやると、それががんがん合成される。一方、IPTGというのはラクトースを代謝する遺伝子のプロモータを使う方法。ラクトース代謝のプロモータは通常、リプレッサーと呼ばれる調節タンパクによってRNAポリメラーゼへの結合が阻害されているのだが、ラクトースが結合することでリプレッサーは解離し、転写が開始するようになっている。だが、ラクトースは簡単に分解されてしまうため、代わりにIPTGというラクトースのアナログを細胞内に入れてやることで、下流につけた遺伝子を大量に発現させることができる。これらは分子生物学では広く使われている手法だそうである。

かなり遅くまで話を聞かせてもらったのだが、女の子たちは翌日は朝からバイトが入っているそうで、午前一時頃に帰って行った。彼女たち、実験手法について語る時はものすごく饒舌なのに、その他の話題になると急に控えめで大人びた雰囲気になってしまうところが面白かった。

「プロモータと言えば聞いてもらいたい話があるんだけど」とaがおもむろに僕に言う。

プロモータを巧みに使って、L-ドーパを微生物に合成させる研究を先輩がしていたとのこと。L-ドーパといえば、小さい頃、僕に強い感動とトラウマを与えた映画「レナードの朝」に出てくる物質。嗜眠性脳炎という病気に罹って数十年間眠り続けていた患者さんたちにL-ドーパを投与した途端、ぱちっと目が覚める。だが、少女だったはずの自分がいつの間にか老婆になっていた、という話。しかも、耐性の獲得によって薬の効果は長続きせず、ふたたび眠りに落ちていってしまう。

L-ドーパはドーパミンの前駆体であり、血液脳関門を通り抜けることができるため、ドーパミンの欠乏によって引き起こされるパーキンソン病にも治療効果を持つ。

L-ドーパはアミノ酸のひとつであるチロシンのフェノール部位の水素が一つ多く水酸基で置換された構造をしているそうだが、TPL(tyrosine phenol-lyase)という酵素によってチロシンから合成することができる。一方、TPLはチロシンの分解酵素でもある。

このため、TPLは細胞内でチロシンが増加した場合に多く発現する。従来の方法ではエルウィニア・ヘルビコーラという土壌細菌の細胞内にチロシンを大量に入れてTPLを発現させ、L-ドーパを作らせていた。それを遠心にかけて分離するのだが、L-ドーパとチロシンの構造が似ているため、精製に大きなコストが掛かっていた。

そこでaの先輩は、チロシン無しでTPLが発現する微生物を作ろうと考えた。そもそもTPLが発現するのは、以下の仕組みによる。TPLプロモータ、つまりTPL遺伝子のRNAへの転写が始まる場所の付近(オペレータ領域)には通常、TyrR(チロアール)という酵素がくっついている。すなわち、TyrRはTPLのリプレッサーである。TyrRは普段は2量体だが、これにチロシンが結合すると6量体になる。するとその形状がかぱっと開き、TPLプロモータにRNAポリメラーゼがくっつきやすくなる。かくして転写が始まり、TPLががんがん発現する。

aの先輩は、チロシン無しでもTPLプロモータを開いた状態にさせる「狂ったTyrR」を作れば、TPLが合成されると考えた。そこでランダム変異という手法でTyrRの遺伝子を変化させ、目的のTyrRを持った株を探した。先輩は10万コロニーを当たって1個見つけるという打率だったそうだが、同じ研究室の教員であるaの師匠は1万コロニーを見ただけで5、6個の有望株を見つけ出したそうだ。注意力や観察力、経験がものを言う世界のようである。

その後、その「狂ったTyrR」がチロシンの結合無しでも6量体を作っていることを確かめ、論文として発表した。この手法では従来に比べて20倍のL-ドーパが作られるという成果が得られたという。L-ドーパを安価に作れるようになれば、たとえば途上国にも多く提供できるようになるのだろう。非常に意義の大きい発見であると思う。

「この研究、農芸化学というものを如実に表していると思うんだよ。つまり、応用をしっかり見定めた上で、確固とした科学に基づいて研究を行うという」とa。「普通はプロモータ変えたりとかがさつなことをするのだけど、ここでは調節タンパク自体をいじるというお洒落なことをしている」

a自身はこれまで腸内細菌のポリアミン代謝を研究していたそうだが、これからは混合微生物叢が重要なトピックになるであろうと予想していて、今後、そちらの方向に研究を発展させることを考えているそうだ。

混合微生物叢、すなわち様々な細菌が混ざり合い、平衡を保っている状態。微生物は単独で培養することが困難なものが多い。たとえばうんこに含まれている細菌の場合、90%が培地で増殖させることができない。土壌の場合は99%が生えない。海洋の細菌だとさらに低く、99.9%が生えない。

理由のひとつは、培養のための条件が明らかでないものが多いこと。もうひとつは、別の細菌の代謝産物が無いと生きていけない細菌が多いこと。そのため、これらを混合したまま培養する手法が最近注目されているのだそうだ。

メタゲノムといって、微生物を培養せずにそのDNAを解析するという手法も行われるようになってきている。特定の環境に属する様々な微生物のゲノムをまとめて解析してしまうというアプローチ。

aの将来的な夢は、混合微生物叢を使って水素を生成させることだという。たとえば特定の細菌を使って水素を発生させられるようになったとしても、家庭でそれを使う場合、確実にコンタミ(別の菌で汚染)が予想される。そこで最初から混合微生物叢を使って水素を作るようにすれば、安定して生産できるだろうという話。

お母さんが自宅の裏庭で漬け物を作るように、水素燃料も作ってしまう日がそのうち来るのかも知れない。

A地下バー

Posted by taro at 2006年08月16日 01:55

コメント

こばです。大変興味深く読みました。混合微生物叢をどうやって取り扱ってゆくか、その「混合」の意味をどうやって明らかにしてゆくかって、とてもおもしろそうですよね。今度京都に行ったときにはA地下に僕も行ってみます。

Posted by: こば at 2006年08月16日 10:09

ありがとうございます。
こば先生のご専門に近い所だと、メタン菌の微生物叢と関係するのでしょうか。

A地下バー自体は連日営業していますが、
微生物を研究している僕の知り合いは金曜日にマスターをしています。

Posted by: taro at 2006年08月16日 12:15

ありがとうございます。そうなんです。メタンを出したり作ったり、またそれらと共生したりしている奴らがいっぱいいるんですが、その共生がとても強いのと、なにせ大昔からいる奴らなので、地球の歴史を考える上でも大変重要なので、、
ミンスキーは食わず嫌いでさけていたので、ちょうど良い機会なので読んでみますね。ではでは。

Posted by: こば at 2006年08月16日 22:01

地球の気温がメタン菌の活動によって変化していたりしたら興味深いです。
こば先生とA地下バーの金曜マスターが会話されるのは面白そうです。

ミンスキーの本は僕も読んだことがないのですが、有名な本なのできっと良いのではないかと思います。

Posted by: taro at 2006年08月17日 00:23

しまった!デネットだった!ははは!

Posted by: こば at 2006年08月17日 11:56

納得しました。
またいつかご感想を聞かせていただければと思います。

Posted by: taro at 2006年08月17日 12:08

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