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2006年08月30日

郡上八幡で盆踊り、川に飛び込み

週末、郡上八幡に行った。
岐阜県を流れる長良川の上流にある小都市。

七月中旬から九月上旬にかけて行われる郡上おどりで非常に有名である。
特にお盆の期間は徹夜踊りと言って、夕方から朝まで盆踊りが続く。
その期間には数万人の観光客が訪れるそうだ。
それ以外の時期にもほぼ二日に一度盆踊りが行われ、合計三十二夜に渡って続けられるという。

A地下バーでマスターをしているaとその友人たちが昨年の夏に行って、非常に面白かったために今年も旅行を企画し、それに同行させてもらった。

金曜の夕方に京都を出て、新快速で米原まで。
そこからまた快速に乗り継ぎ、岐阜から高速バスを使うと、予想外に早く着けてしまう。
実質的な移動時間は三時間半程度。
それにも関わらず、すごく遠くに来たという気がする。

地図で見るととてつもなく山奥にある印象があるが、かなり賑やかな街である。
善光寺というお寺の宿坊に泊めてもらう。

一泊目の晩は盆踊りも無いということで、延々と午前二時頃まで飲み会。
興味深い話をいろいろ聞かせてもらう。

翌日、合掌造りで有名な白川郷を見に行く。郡上八幡から車で一時間ほどの距離。

建物も良かったのだが、個人的には「どぶろく祭りの館」という小さな資料館で飲ませてもらったどぶろくがうまかった。
酸味があって非常においしい。

酵母を人為的に入れない自然発酵で作られているため、製造に四ヶ月かかるのだそうだ。
酒税法か何かの関係で販売することができないので、入館した人にサービスとして飲ませるだけ。
しかし、10月に行われる「どぶろく祭り」では、このどぶろくが一時間飲み放題だそうである。
大学で微生物の研究をしているaが酵母を持って帰りたがっていた。

合掌造りの内部も見学した。江戸時代から続く大規模住宅。
一階に主人一家が暮らし、二階より上には使用人が暮らしていたそうだが、
主人よりも上にいる間は常に頭を下げるように、上の階の天井をわざと低く作ってあるのだとか。

午後、郡上八幡に戻り、ジャミと二人で川に飛び込みに行く。

橋から川への飛び込みは郡上八幡のもうひとつの名物である。
長良川の支流である吉田川に、橋の上からジャンプして飛び込む。
中学生や高校生が度胸試しとして昔から行っていたものだが、近年では外からやってきた観光客も飛び込む。
毎年、仮装飛び込みのコンテストも行われている。

山奥に架かった吊り橋から飛び込む風景を勝手にイメージしていたのだが、実際は町のど真ん中に橋が架けられていて、そこから飛び込む形だった。

吉田川は街の中心部を横切って流れるとはいえ、都心の川と違って、水量は多く、澄んでいる。

水深が浅い所が多く、新橋と学校橋という二つの橋からだけ飛び込めるのだが、「学校橋の方が上級者向け」と宿坊のおばさんが言っていたらしい。学校橋の下は飛び込んでも大丈夫な深い範囲が狭いのだそうだ。

水着になって河原に下り、水に慣れておくことにする。
夕方のためか、水温はそれほど冷たくない。
流れはそれほど速くないが、逆らって泳ぐのは結構大変である。

橋の真下が確かに深いことを確認した上で、水から上がる。
流れの中心から少し離れると浅くなっていて、無茶な飛び方をすると危険だなと感じた。

新橋の上には注意書きが書かれていて、水面までの距離は12メートル、十分ご注意くださいとのこと。

欄干に寄りかかっていたおじさんおばさんに、どのへんから飛び込むんですかねと聞いてみると、
「地元の者じゃないんで……」と首をすくめる。

ちょうどその時、自転車に乗った小学校高学年くらいの男の子たちが橋の上を通りがかった。

「ここから飛び込むの?」と聞いてみる。

「うん。このへん」
橋の中央あたりの欄干を指さす。
「白い泡が流れている所が一番深いから」

なるほど。たしかに流れの中央には白い泡が漂っている。速い水流で泡が生じているわけだ。

「でも、気をつけないと渦に巻き込まれる」と男の子。
「渦に巻き込まれるとどうなるの?」
「死ぬ」

はっきり宣告してくれた。

僕とジャミは顔を見合わせ、

「行っとくか」

欄干の上に立った。

河原から見上げた時には簡単に飛べそうに思ったのだが、欄干の上に立つと、ちょうど三階建てのビルの屋上の手すりの上に立っているような感覚。

怖い。

頭では大丈夫と分かっていても、体がやめろと言っている。

この感覚は面白いものだ。リアルな三次元グラフィックスを駆使したゲームに足りないものがあるとしたら、現実に無茶をしている時に体が本能的に感じる恐怖感ではないか。

誰も見ていなかったら、帰ったかも知れない。

だが、ここまで来て引くわけにはいかなかった。

もしかして死ぬかもと思って、何か言い残しておくことは無いかと考えたが、特に無かったので、遠くの山河を眺めた後、身投げした。

体が浮遊する。
何とも形容しがたい、自由落下の感覚。
無重力って、実はすごく気持ち悪いものである。

意識が途切れるには長すぎる滞空時間の後、水に打ち付けられた。数メートル沈んで、耳がとても痛い。

流れに飲まれることなく、水面に浮き上がった。
すぐに河原の大きな岩に這い上がる。

耳が痛い以外は、まったく問題なし。

もう一度だけ飛び込み、夕飯の時刻までに宿坊に戻った。

食事は葉南蛮という唐辛子の葉の佃煮が美味。その他、このあたりの名物という辛子を中に詰めた豆腐など。

日が暮れて、郡上踊りの時刻がやってきた。
今夜は八幡神社という所で行われるとのこと。
毎夜、場所を変えつつ行われる。それが三十二夜も続く理由である。

人の流れに乗って川沿いの道を歩く。
盆踊りの曲が流れてくる。
神社の境内ではすごい数の人々がやぐらを取り囲んでいた。

少しずつ回転していく円の中に加わって、とりあえずステップだけでも真似しようとする。
やがて、繰り返しの周期がかなり短いことに気付く。
これなら憶えられそうである。

何分かすると別の曲に変わる。全部で十種類の踊りがあるらしい。

「春駒(はるこま)」という軽快な曲、動きが早いのでとても真似できないと思っていたが、
近くで踊っているおじさんが「これは簡単だから」と話しかけてくる。
最初は何を言っているのだと思ったが、実際、憶えてしまうと非常に簡単である。
十くらいのステップを繰り返しているだけ。

それぞれの動作が単純で、誰でも簡単に加わることができる。
さらに、そのような踊りが何種類もあって飽きさせないのが郡上踊りが成功している理由ではないかと思った。

次第に余裕が出てきて、周囲を見回してみると、数百人の参加者がやぐらを囲みながら、一斉に踊る様は壮観である。

郡上踊りでもっとも代表的と言われている「かわさき」は手の動きがパラパラっぽかった。
「やっちく」の単純でテンポの良い動作、「げんげんばらばら」の動きの非対称性が面白い。

そもそも郡上おどりは江戸時代に藩主が士農工商の融和のために始めたものだという。
賢い君主もいたものだ。

踊り続けているとかなり体力を消耗して、しばらく周囲をぶらぶら散歩した。

やぐらを囲まず、道路で小さな輪を作って踊っているグループがいくつかあった。
小学生や中学生の女の子の一団がはっぴを来て踊っていたが、途中でくるりと回転していたり、踊りのアレンジが通常と違った。

夜十一時頃まで踊って、解散になった。
へとへとだった。
徹夜踊りというのはいったいどういう神経なのだろう。

宿坊に戻ってすぐに寝てしまう。

翌朝、朝食の後に再び川に飛び込みに行く。
今回は男はほぼ全員が飛び込んだ。それでも「泳げない」とか言い出す者もいて、それは仕方ない。

最初、aが欄干の上であまりの高さに恐れおののき、「これはやばい」などとさんざん引っ張ったため、S野くんがあっさり「僕が行きます」と言って先に飛び込んでいった。

その後、皆で順番に飛び込む。

僕はいろいろなバリエーションを試そうと思い、背中を欄干の外に向けながら飛び降りたりしたのだが、体が傾いていたために腹と胸を強く水面に打ち付けてしまい、非常に痛かった。体を垂直にしていないと、衝撃がかなり強い。

僕が何度目かの飛び込みをしようとしている時、結構美人な地元のおばさんが通りがかり、次々と川に飛び込んでいく僕らを見てしみじみと語り出した。

「三年前にひとり死んでね。高校生だったかな。ご両親は悲しかったでしょうね。病気で何年もかかって死ぬとかじゃなくて。朝、元気に出かけていって、それで死んで帰ってきたら、悲しいよね」

橋からの飛び込みはその後一年くらい禁止されていたらしいが、その後、再開されて現在に至る。
「中止になった後で、また再開された過程がすごく気になるんだけど」とaが言っていた。たしかに。

午前十時、いったん宿坊に戻って荷物をまとめた後、学校橋からの飛び込みにも挑戦。
橋の上にいた地元のおじさんに聞くと、学校橋の方が新橋よりも3メートルほど低いとか。実際、欄干に立った時に本能的に感じる恐怖感が若干小さいような気がする。

「こっちは低いから大丈夫ですよ。みんな、このポールに掴まって飛び込んでいますね」

飛び降りる。
こちらも無事に着水。
だが、驚いたことに、新橋の下よりもずっと水深が浅い。川に落ちた勢いで深く潜ると、足が川底についてしまう。ぶつかるというより触れるという程度だが、これはたしかに危険である。渇水時にはかなり危ないのではないか。

昼頃、食堂が混んでいたために新橋の近くをぶらぶらしていると、河原からおんぶされて上がってきた人がいた。背負う方も背負われる方も水着。

どうやら負傷者のようである。高校生か大学生くらいの年齢か。腰を折り曲げた状態のまま、道路脇のベンチに座らされていた。まっすぐに伸ばせないようである。前屈みの状態のまま、青ざめた顔をしている。

「大丈夫ですか? どうしたんです?」
「水に落ちた時の衝撃で……」

人が集まってきて、「横になったら?」などと話しかけるが、
「いや、腰を動かせないんです……」と顔をしかめる。

「救急車を呼ぼう」と近くにいたおじさんが言う。
「すぐに来るから」
「痛くない?」
みんなで励ましている。

僕は「ぎっくり腰ですか」という言葉が喉まで出かっていたが、ちょっと言えなかった。

「回転して入ったの?」などとまわりの人に聞いているおばさんがいたが、彼は普通に足から入ったらしい。

数分もしないうちに救急車が来て、彼はストレッチャーに乗せられて運ばれていった。

僕らは川沿いの新橋亭という店で昼食を済ませ、午後に郡上八幡を後にした。

体験型の観光がいろいろできて、とても楽しかった。

郡上八幡、かなり面白い場所である。

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2006年08月25日

宇宙と時間

毎年夏に出かける研究室の旅行、今年の行き先は北近畿。二泊三日で天橋立・由良・綾部・城崎をまわった。

夜、由良の浜辺で花火をした後、彼方にイカ釣り漁船の光の見える波打ち際に立つと、天の川が鮮やかに見えた。
月が出ていないためか本当に綺麗な星空で、T島先生は「これだけでも来た甲斐があった」と言っておられた。
まさに天を流れる川、あるいは天空に架けられた橋のよう。
当然のことながら、他の星との距離感が掴めない。
銀河の中心方向と外縁方向で濃さが違うのが分かるとはいえ、自分が巨大な星々の円盤の片隅に存在していることを実感するのはなかなか難しい。

城崎からの帰り道、豊岡に住むhiroponさん・mipomipoさんご夫妻の家を訪ねた。

hiroponさんはとあるSFを最近読み終えたということで (ネタバレしたら申し訳ないのでタイトルは伏せておくが)、時間や決定論の話をした。

hiroponさんのおばあさんは亡くなる前、自分の人生について、
「こうなるのが決まっていた気がする」
と語っていたのだそうだ。

かなりの達観である。

「深いですね」
「それはどういう状況で言ったの?」
「昼飯食って、テレビ見ながら」

お茶の間でディープな会話である。

「でもさ、この前、テレビの占い番組で人生が決まっているのかどうかというのを真剣に議論していたんだけど。どちらでも変わらないよね」とmipomipoさん。
「区別できないし」

宇宙のどこかで我々の行動を正確に予測している存在があるのかも知れないが、それも含めて我々は自分の人生を作っているのではないかと思う。

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2006年08月22日

週末の食事会

週末はkogeさん、M方さん、taezoさん、T村さん、ベク成さんと木屋町の中華料理店でお食事会した。

フランスから帰国したtaezoさんとは久々の再会。T村さんとtaezoさんがこの時初めて会ったというのを知って驚く。「意外な所で繋がっている」というのはよくあるが、「意外な所で繋がっていない」ということもあるものだ。

kogeさんと議論の意義に関して議論。自分の考えを言葉にすることでそれが発展することもあるので、その意味でも議論には意味があると僕は思っている。デネットの「解明される意識」に興味を持ってもらい、お貸しした。クオリア反転の思考実験では被験者がクオリアの反転に気付くことになっているが、そもそも記憶の想起というものも「クオリアモジュール」を使って行われるとしたら、本人が反転の事実にまったく気付かないということも考えられるのではないか。

M方さんは最近、「マクスウェル理論の基礎」(東大出版会)という本にはまっているらしい。電磁気学や相対論の形成過程を原著論文に遡って述べた本。マクスウェルは元々ベクトルポテンシャルとスカラーポテンシャルを使って電磁場の方程式を書いていたがそれをへヴィサイドが電場と磁束密度を使った形式に書き直して広めたという話など。

ベク成さんは先々週、ドクターフィッシュの会に来てもらって知り合ったのだが、今回も遠路尼崎から来てくれた。18歳ということでお酒を一滴も飲まず、おかげで我々も中国茶を飲み、健全な会に。

中華料理のあと、寺町四条下ルのバー風チャイハネに移動。サフラン入りの砂糖を舐めながら飲むペルシャチャイを頼む。昼の間はシルクロードを長年旅していたマスターがいるのだが、夜は長年祇園で働いていたというママが店を切り盛りしていた。

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2006年08月19日

送り火

8月16日はお盆が終わり、五山送り火が行われる日。
京都盆地を取り囲む山々に大文字・妙法・船形・左大文字・鳥居形の文字が浮かび上がる。

研究室のKリくんがバイトでプログラミングを教えている木津屋橋武田病院の橋本院長から、送り火ディナーに来ないかというお誘いをいただいた。

橋本院長の奥様アイ・メディアエージェントというウェブページ制作の会社を立ち上げられておられ、先月、その社員の方々とのお食事会にご一緒させていただいたので、おそらく今回も屋上のビアガーデンのような所で送り火を見ながらビールでも飲むのだろうと考えてお伺いしたのだが、実際はホテル最上階のフランス料理レストランでのお食事会だった。

レストランは円形のフロア全体が回転する構造になっていて、どの席からでも均等に送り火が見れるため、非常に人気の場所らしい。

来られていたのは主に橋本院長のご家族。
橋本院長ご夫妻とご長男、ご次男。ご親戚に当たられるT井さん。武田病院グループの総務部長であるY原さん。そして、武田病院グループの創始者である武田道子理事長が来られていた。

なんだかすごい食事会だった。

京都にお住まいでない方のために書いておくと、京都における武田病院の存在感というのはすごいのである。

京都駅前の一等地に聳え立つ武田病院を初めとして、武田総合病院・宇治武田病院・東山武田病院・木津屋橋武田病院・十条リハビリテーション病院・城北武田病院・宮津武田病院などなど、グループに属する病院は総数10、関連施設は50以上。まさに京都を代表する医療機関である。

武田道子理事長は凛として威厳のある女性であった。
橋本院長の奥様のお母様に当たるそうである。
現在は武田病院グループの副理事長、武田病院の理事長と名誉院長などを務められている。

そもそも武田病院の始まりは、今を去ること40年以上前、武田道子理事長が保健所に勤める傍ら始めた夜間診療所だったとか。旦那様はその頃、関西医科大の皮膚科に勤められていて、助教授にまでなられたのだが、途中で戻ってこられて、お二人で武田病院を大きくしていったのだという。

今では経営のあまりうまく行っていない病院がグループに入れて欲しいと言ってくることも多く、さらなる拡大が続いている。経営を刷新することで、それらの病院も採算が取れるようになる。武田病院グループは優れた経営能力を持つ組織なのである。

橋本院長ご夫妻や武田理事長がこのレストランで送り火を見られるのは、毎年恒例の行事らしい。

「常連が多くてね。いつも同じ席に着くんですよ」と橋本院長。

実際、息子さんどうしが小学校の同級生であったという近所の小児科医の先生や、奈良の薬師寺の管長ご夫妻など、知り合いの方々が次々に挨拶に来られていた。

フロアの回転は非常にゆっくりであるため、五条から梅小路、八条にかけて街の風景が少しずつ動いていく。席に着いたのが午後六時頃。送り火が点火されるまでに二時間もあり、お話する時間はたくさんあった。

息子さん二人は大学生ということで、外国に行かれたり、近々行く予定だというお話をしていたところ、北欧の話題になって、理事長が言った。

「北欧は福祉先進国ってことで四回くらい行ったけど。老人ホームを見せてもらってね。セントラルキッチンを導入していて。それはうちも導入しようとしてるんだけどね、料理といったら、じゃがいもの炊いたんと、ハム。それから野菜が無いから、ブドウを皮まで食べるの。それが食事。日本でそんなことできないでしょ?」

福祉が充実しているといっても、その内容は日本とは全然違うのだ。

「でも、むこうの人って、税金に対する考え方が日本と違うっていいますよね。いつかは自分に返ってくるから、進んで払うっていう」と息子さん。

日本ではダムや道路が税金で作られるように、福祉にお金をかけることがひとつの公共事業になっているのかも知れない。福祉の方が自分に返ってくるという感覚は強そうである。

「チューリヒの病院の救急センターを見せてもらったんだけど。ずっと待っていて、一日一台だけ。うちなんて一日十五台よ」と理事長が苦笑する。
「むこうは人口が希薄だから」と橋本院長。

日本に北欧やスイスのモデルをそのまま適用できないとしたら、いったいどのような医療を目指していったら良いのか。

「日本の医療は今後、どの国、あるいはどんな方向を目指していくべきだとお考えですか?」と、思わずインタビュアーのように訊いてみる。

理事長は少し考えて、「そうねぇ。今、研修医の面接をしていて。そういうことを訊いてみるんだけど」

首を傾げて、具体的にこれといった方向は仰られなかったが、現状には問題がたくさんあるということを示唆しておられた。

「これだけ医療が進んでいるといっても、今年は平均寿命が短くなったっていうし」

医療技術が進んだからといって、人の寿命が延びるとは限らない。橋本院長のお話だと、病院内のベッドの数に応じて医療費が増えていくという傾向があるため、厚労省はとにかくベッドの数を減らそうとする。だが、その結果、必要な時にベッドが足りなくなることを医療者側では常に心配されているという。

「マスコミは長いこと生きているのが悪いことみたいな言い方をするでしょ」と理事長。

たしかに高齢者にしてみたら、「高齢化問題」といった表現はあまり嬉しいものではないだろう。

いろいろなことを語っているうちに、送り火が点火された。

宵闇に包まれた山々にひとつずつ文字が浮かび上がる。

お盆の間だけ現世に帰ってくるという死者の霊を見送るための火。

しばし会話が途切れて、遠くにともる火を見つめた。


武田病院グループ

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2006年08月18日

京都府警による不審者出没情報

京都府警が提供している不審者出没情報のメーリングリストに登録すると、携帯に毎日不審者の情報が送られてくる。なかなか興味深い。
変な人、多すぎである。

地図上に分布を示したマップもある。

変な人マップ

この半年で京都市内で見られた不審者目撃情報の例。

・女子小学生及び未就学児が複数で遊んでいると、男が近づいてきて「こっちおいで」と声をかけた。小学生達が無視すると、男はそのまま立ち去った。

・女子中学生が帰宅中、自転車の前かごに紺色のスクール水着を入れた男がつきまとい、「水着いらんか」と声をかけられた。中学生が逃げると男はどこかへ立ち去った。

・女子小学生が下校中、停車した車の男から、「お母さんが手首を切って病院にいる。車に乗りなさい」と声をかけられた。小学生は「嫌だ」と断り、走って逃げた。

・小学生が帰宅中、男の横を通り過ぎようとしたところ、その男から「だっこしてあげようか」と声をかけられた。小学生は怖くなり逃げ帰った。

・複数で遊んでいた男女小学生に対し、男が近づき「おっちゃんは78歳やけどお嬢ちゃんはいくつ。お母さんが病気になったし見舞いに行こう」と声をかけたうえ、腕をつかもうとしたので小学生達は逃げ出した。男はしばらく後を追いかけてきたが、小学生達が物陰に隠れてやり過ごすと、男はどこかに立ち去った。


こんなのが山ほど載っている。
世の中、本当に不審者が多いのだなぁと感心する。

しかし、たまに誤報もあるようである。

・男子小学生が複数で下校中、駐車中の車の男から「近くでサッカーやっとるし来いや」と声をかけられた。通行人が気付き「ついていったらあかんで」と声をかけると男はどこかに走り去った。
※問題ない事案と判明


近所の子供をサッカーに誘っただけで不審者扱いとは、なんだか悲しい世の中である。

京都の場合、anzen@k-anshin.pref.kyoto.jp 宛に空メールを送ると登録される。一般のメールアドレスでも可能。

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2006年08月16日

皮膚からES細胞、微生物でL-ドーパ、混合微生物叢

大学の地下で営業しているA地下バーを久々に訪ねると、お客が十人近くいて賑わっていたのだが、常連に混じってオトナな感じの美女三名と男性一名という四人連れが来ていた。

話を聞いているうちに、そのうち二人はその日ニュースに大きく出ていた「皮膚の細胞からES細胞作った」研究室の院生、あとの二人も同じ再生医科学研究所の人たちということが分かり、非常にタイムリーに興味深い話を聞かせてもらった。

さばさばしてあかぬけた感じのIさんという女性が教えてくれたことによると、今回、雑誌Cellに掲載された発見のポイントはES細胞特有と考えられていた24個の遺伝子のうち、実際に必要なものを4つまで絞り込んだ点。すなわち、Oct4、Sox2、c-Myc、Klf4という4つの遺伝子をレトロウィルスを使ってマウスの皮膚の繊維芽細胞に組み込み発現させたところ、ES細胞と同じような働きを示したという。

「一番びっくりしたのは、Nanogを使わなくて良かったことですよ」とIさんは言う。NanogというのはES細胞特有と思われていたDNA結合タンパクらしい。今回使われたOct4やSox2の下流因子に当たるという。

「でも、ES細胞になったことって、どうやって検証するんですか?」と訊いてみる。

いくつか検証方法があるらしく、ひとつはES細胞特有のタンパクを調べる方法。また、in vitroで行う場合、神経や心筋など、誘導が容易なものに分化させるという方法がある。in vivoで行う場合は、免疫抑制系統マウスという、免疫のないマウスに組み込み、作られる良性腫瘍(テラトーマ)に三胚葉が形成されていることを確認する。

しかし、完全な検証は難しいため、Cellに載せた論文ではES細胞という表現は使っておらず、iPS細胞(誘導多能性幹細胞)という言い方にしたそうである。

「骨格の細胞も作ってましたよー。『出来たよ、出来たよ』とか喜んでた。どれがどれだか分からなかったけど」とIさん。

A地下バーでマスターをしているaが微生物の研究者であるというのを聞いて、Iさんたちも微生物実験で苦労した経験を語る。

「アグリゲーションしちゃって大変でした」
「ロゼッタガミ(Rosetta-gami)っていうのを使うといいですよ」

大腸菌と真核生物の細胞では頻繁に使われるコドンの種類が違うらしく、大腸菌に人間のタンパク質を合成させたりすると、特定のtRNAが足りなくなってしまうことがある。そこで、tRNAの割合を真核生物のそれに近づけたのがRosetta株。また、Origami株というのはタンパクの折りたたみに使われるシャペロンを合成させるようにしたもの。アグリゲーションというのはタンパク質が細胞内で塊を作ってしまうことだが、折りたたみが正常に行われることでそれを避けられるのだという。両方の遺伝子を継承しているのがRosetta-gami。

「でも、わざわざ大腸菌使うことないですよ。培養細胞でやればいい。大腸菌はうんこ臭いから」とa。
「ほんと。臭いですよね。タンパク質発現させた後の匂いとか」とIさんたちも同意。
「あいつらフェーズがあるらしくて。そういう時に匂ったりする」
「16時間誘導後のこの匂いは何、みたいな。アラビノースプロモータとかIPTGで誘導する実験したんですけど」

プロモータというのは遺伝子の転写が始まる起点。アラビノースの代謝に関わる遺伝子のプロモータは強い、つまり転写を開始しやすいので、その下流に誘導したい遺伝子をくっつけてやると、それががんがん合成される。一方、IPTGというのはラクトースを代謝する遺伝子のプロモータを使う方法。ラクトース代謝のプロモータは通常、リプレッサーと呼ばれる調節タンパクによってRNAポリメラーゼへの結合が阻害されているのだが、ラクトースが結合することでリプレッサーは解離し、転写が開始するようになっている。だが、ラクトースは簡単に分解されてしまうため、代わりにIPTGというラクトースのアナログを細胞内に入れてやることで、下流につけた遺伝子を大量に発現させることができる。これらは分子生物学では広く使われている手法だそうである。

かなり遅くまで話を聞かせてもらったのだが、女の子たちは翌日は朝からバイトが入っているそうで、午前一時頃に帰って行った。彼女たち、実験手法について語る時はものすごく饒舌なのに、その他の話題になると急に控えめで大人びた雰囲気になってしまうところが面白かった。

「プロモータと言えば聞いてもらいたい話があるんだけど」とaがおもむろに僕に言う。

プロモータを巧みに使って、L-ドーパを微生物に合成させる研究を先輩がしていたとのこと。L-ドーパといえば、小さい頃、僕に強い感動とトラウマを与えた映画「レナードの朝」に出てくる物質。嗜眠性脳炎という病気に罹って数十年間眠り続けていた患者さんたちにL-ドーパを投与した途端、ぱちっと目が覚める。だが、少女だったはずの自分がいつの間にか老婆になっていた、という話。しかも、耐性の獲得によって薬の効果は長続きせず、ふたたび眠りに落ちていってしまう。

L-ドーパはドーパミンの前駆体であり、血液脳関門を通り抜けることができるため、ドーパミンの欠乏によって引き起こされるパーキンソン病にも治療効果を持つ。

L-ドーパはアミノ酸のひとつであるチロシンのフェノール部位の水素が一つ多く水酸基で置換された構造をしているそうだが、TPL(tyrosine phenol-lyase)という酵素によってチロシンから合成することができる。一方、TPLはチロシンの分解酵素でもある。

このため、TPLは細胞内でチロシンが増加した場合に多く発現する。従来の方法ではエルウィニア・ヘルビコーラという土壌細菌の細胞内にチロシンを大量に入れてTPLを発現させ、L-ドーパを作らせていた。それを遠心にかけて分離するのだが、L-ドーパとチロシンの構造が似ているため、精製に大きなコストが掛かっていた。

そこでaの先輩は、チロシン無しでTPLが発現する微生物を作ろうと考えた。そもそもTPLが発現するのは、以下の仕組みによる。TPLプロモータ、つまりTPL遺伝子のRNAへの転写が始まる場所の付近(オペレータ領域)には通常、TyrR(チロアール)という酵素がくっついている。すなわち、TyrRはTPLのリプレッサーである。TyrRは普段は2量体だが、これにチロシンが結合すると6量体になる。するとその形状がかぱっと開き、TPLプロモータにRNAポリメラーゼがくっつきやすくなる。かくして転写が始まり、TPLががんがん発現する。

aの先輩は、チロシン無しでもTPLプロモータを開いた状態にさせる「狂ったTyrR」を作れば、TPLが合成されると考えた。そこでランダム変異という手法でTyrRの遺伝子を変化させ、目的のTyrRを持った株を探した。先輩は10万コロニーを当たって1個見つけるという打率だったそうだが、同じ研究室の教員であるaの師匠は1万コロニーを見ただけで5、6個の有望株を見つけ出したそうだ。注意力や観察力、経験がものを言う世界のようである。

その後、その「狂ったTyrR」がチロシンの結合無しでも6量体を作っていることを確かめ、論文として発表した。この手法では従来に比べて20倍のL-ドーパが作られるという成果が得られたという。L-ドーパを安価に作れるようになれば、たとえば途上国にも多く提供できるようになるのだろう。非常に意義の大きい発見であると思う。

「この研究、農芸化学というものを如実に表していると思うんだよ。つまり、応用をしっかり見定めた上で、確固とした科学に基づいて研究を行うという」とa。「普通はプロモータ変えたりとかがさつなことをするのだけど、ここでは調節タンパク自体をいじるというお洒落なことをしている」

a自身はこれまで腸内細菌のポリアミン代謝を研究していたそうだが、これからは混合微生物叢が重要なトピックになるであろうと予想していて、今後、そちらの方向に研究を発展させることを考えているそうだ。

混合微生物叢、すなわち様々な細菌が混ざり合い、平衡を保っている状態。微生物は単独で培養することが困難なものが多い。たとえばうんこに含まれている細菌の場合、90%が培地で増殖させることができない。土壌の場合は99%が生えない。海洋の細菌だとさらに低く、99.9%が生えない。

理由のひとつは、培養のための条件が明らかでないものが多いこと。もうひとつは、別の細菌の代謝産物が無いと生きていけない細菌が多いこと。そのため、これらを混合したまま培養する手法が最近注目されているのだそうだ。

メタゲノムといって、微生物を培養せずにそのDNAを解析するという手法も行われるようになってきている。特定の環境に属する様々な微生物のゲノムをまとめて解析してしまうというアプローチ。

aの将来的な夢は、混合微生物叢を使って水素を生成させることだという。たとえば特定の細菌を使って水素を発生させられるようになったとしても、家庭でそれを使う場合、確実にコンタミ(別の菌で汚染)が予想される。そこで最初から混合微生物叢を使って水素を作るようにすれば、安定して生産できるだろうという話。

お母さんが自宅の裏庭で漬け物を作るように、水素燃料も作ってしまう日がそのうち来るのかも知れない。

A地下バー

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2006年08月12日

京都のうまい店 羊肉料理 カオロウ館

四条木屋町下ル東側、高瀬川に面した羊肉料理の専門店「カオロウ館」。

様々なアレンジのラム肉料理が二十種類近く用意されています。
ジンギスカンだけが羊肉料理ではありません。
羊肉の奥深さが感じられます。

この店は不思議なことに、同じ建物の一階と地下に店があり、入り口が別々です。
一階は「カオロウ館」、地下には「カオロウ館 アネックス」と書かれています。

地下は水曜日が休み、一階は木曜日が休みになっていて、店内の雰囲気も違います。
地下は穴蔵風で怪しげ。一階はこざっぱりしている。

最初に入ったのは地下の方だったのですが、上の店との関係を聞くと、店主らしきおじさんがぶっきらぼうに、

「上の店には私が教えてやったんですわ。むこうは13年、こっちは27年」

と、自信ありげに言います。職人気質で頑固そうな人。

一方、一階の人は穏やかで落ち着いた感じのおじさん。下の店との関係を聞くと、

「兄弟店と思ってくれたらいいですわ。昔は一緒にやってたんですが、地下も空いたんで、そっちでもやることにして」

愛想良く答えてくれます。

どちらかの方がおいしいのだろうと思って比べてみたのですが、どちらもおいしいです。
少なくとも僕の味覚では判別できない。

とりあえず僕が今までに食べた中では、地下のバジリコ焼きと一階のラム丼がうまかったです。

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2006年08月10日

「解明される意識」

ダニエル・デネットの「解明される意識(Consciousness Explained)」という本を読み終えました。僕はものすごい遅読家なので、この本を読み始めたのはもう二年も前。というのも無数の本を並行して読むからで、読み途中になっている本が現時点で百冊以上あるはず。

この本はなかなか興味深かったので、感想を書いてみます。

人間の意識、つまり自意識や主観といったものを説明しようとする本です。

まず、意識というものはひとつのまとまりではなく、いくつもの流れに分割できるのではないかという主張がなされます。

脳の中では様々な意識の流れ(何かに向けられた注意、と言った方がいいのかも知れない)が競い合っている。それぞれが異なる方向に向けられ、異なることを考えている。多数の注意が同時に存在している中で、生き残って記憶に残る注意もあれば、消え去っていく注意もある。これらの注意が互いに自分を主張し合い、混沌の状態(pandemonium)にあるのが人間の意識である、というモデルです。このあたりはミンスキーのマルチエージェントによる「心の社会」を思わせます。

デネットは自分の考え方を多重草稿モデル(Multiple Draft Model)と呼びます。たとえばネット上に文章を公開した場合、人から間違いの指摘を受けて書き換えることがあります。この時、自分のサイトには最新の文章がアップされているにも関わらず、修正前の文章が他人に引用されて広まっていったりします。修正版はそれを追い掛けるようにして広まっていく。そのように何種類もの草稿が同時に存在し、それぞれが並行して使われているのが脳内の情報処理の過程ではないか、という考え方です。

これに対し、脳のどこかに意識の存在する場所があり、そこに到達した情報のみが主観的に感じられる、という考え方をデネットはデカルト劇場(Cartesian Theater)と呼びます。精神と肉体を分けて考えたデカルトにちなんだ名称です。

では、本当にそんな場所はあるのか。それを認知科学の実験結果に基づいて議論していくのがこの本です。

たとえば カラーファイ現象(color phi phenomenon) という実験があります。白い背景の上で、赤の円と緑の円が左右に数センチの間隔をあけて、交互に点滅しています。点滅の速度を調整していくと、ある速度の時に、円が左右に移動しているように見えます。円が消えて真っ白になることはなく、連続的に動いて見える。色はどうなるかというと、赤の円が中心に向かって動いて行き、ちょうど中間に来た時、緑に切り替わり、残りの道程を動いていくように見えるそうです。(僕は速度調整がうまくできていないためか、まだそのように見えていません……)

この結果の不思議な所は、緑の円が動いているという錯覚は、緑の円の出現によって引き起こされるにも関わらず、主観的時間の中で、緑の円の出現に先立って現れるということです。「何度も赤と緑が繰り返しているから、前回の記憶から緑が動いて見えるのではないか」という批判に対しては、色の選択がランダムであっても同じ現象が生じるという結果が出ています。

これを説明するためのひとつの考え方としては、いったん意識された光景(赤の円も緑の円も現れていない真っ白な状態)が、緑の円が現れた後に、緑の円が移動しているという錯覚で上書きされている、という見方があります。これをデネットはオーウェル的改竄(Orwellian revision)と呼びます。オーウェルの「1984」で過去の歴史が改竄されているように、記憶があとから変えられているのだという見方です。

これに対立する見方が、スターリン的改竄(Stalinesque revision)。スターリンが大粛正の頃にでっち上げの裁判を行い、政敵を処刑していったように、現時点で嘘の情報を作り出し、それを歴史にしていくという考え方です。こちらの見方では記憶が書き換えられたりすることはありません。

ところがカラーファイの実験では、赤の円が消えてから緑の円が現れるまでの時間差は200ミリ秒だったそうです。別の実験で、緑の円が現れたらボタンを押すということをしてもらい、反応時間から神経の伝達時間を引くと、200ミリ秒より短くなってしまうのです。つまり、普通に考えると、赤の円も緑の円も現れていない光景は(一瞬であれ)被験者に意識されていなくてはならない。

だとしたら、スターリン的改竄を主張し続けるための唯一の方法は、意識というものはかなり遅れて感じられるものだ、ということになります。つまり、ボタンは無意識のうちに押され、その後で被験者は緑の円の出現を意識している。

どちらが正しいのか。

実際のところ、スターリン的改竄とオーウェル的改竄の違いは「意識された瞬間」をどこに置くかという違いだけです。意識された後で書き換えられるか、意識される前に書き換えらるか。それ以外はまったく同じ。

ここでデネットは、「その区別に意味はあるのか」と問います。

興味深いことに、どちらが正しいかは外部の観察者だけでなく、被験者本人にも判断できません。

デネットは被験者の報告も信頼して意識に関する議論を進めていくアプローチをヘテロ現象学(heterophenomenology)と呼ぶのですが、この区別は科学的に検証不可能であるだけでなく、ヘテロ現象学の手法でも検証不可能です。

まったく区別できない違いであるとしたら、そのようなものを論じることには意味があるのでしょうか。

結局、「意識の在処」や「意識された瞬間」、「情報が脳のその線を越えた瞬間(あるいはこの条件を満たした瞬間)、意識に現れるという場所(a mythical Great Divide)」といったものは議論の対象にならない、というのがデネットの主張です。

直後に現れるリングによって、最初に現れた小さな円が認知されなくなってしまうメタコントラスト・マスキング(metacontrast masking)という実験も、同様の内容を示唆します。

これが前半の中心的な話題。

もしデネットの多重草稿モデルが正しいとしたら、将来的に「意識の統計学」というようなものが出てきたら面白いと思いました。

後半は、意識は並列処理のアーキテクチャ上に実現されたフォン・ノイマン型のバーチャルマシンであるという話や、そもそも意識というものは自分自身に語りかけることから発生した、などという結構オーソドックスな議論、意識というものは重心のように便宜上使用される抽象概念(語りの重心、the Center of Narrative Gravity)である、といった言及もありますが、この本の醍醐味はやはり、認知科学の様々な実験結果の上にモデルを立てていく点にあると思います。

たとえば、いつまでも音が高くなっていくように聞こえる「シェパードのトーン(Shepard's tone)」。別名「床屋の看板的な音(auditory barber pole)」。
このページの「APPLET: Shepard's Tone」をクリック。
あるいはこのページ。ただし、こちらはOggというコーデックのインストールが必要。

聴覚における錯覚とでも言えるもので、興味深いです。

僕が昔から関心を持っている逆さ眼鏡の話もありました。上下や左右を逆転して見せる眼鏡なのですが、ずっと掛けていたら、ある瞬間からそれが正常に見えるようになるらしいのです。視野の上が正しく上に感じられ、下が正しく下に感じられる。

では、色を反転させる眼鏡をずっと掛けていたら、ある時点からそれが自然に感じられるようになるのではないか、という仮説をデネットは提起します。もしそのようなことが起きるとしたら、「赤のクオリア」「緑のクオリア」といったものは本当にあると言えるのか。逆さ眼鏡の発展として面白いです。ヘッドマウントディスプレイを使えば実験できそうです。やってみたい。

本の中で、目の見えない人に視覚の代替物を与える方法として、超低解像度ビデオカメラで撮影した16×16あるいは20×20の画像をその配置で腹部への刺激として与え、トレーニングを続けた結果、人の顔を判別できる程度まで使えるようになった、という話が出てくるのですが、デネットはこれをクオリアに関する議論の導入として使っています。つまり、その人には視覚のクオリアがあると言えるのかどうか。

ここで思ったのですが、色の違いによって皮膚への刺激の種類を変えるようにしたら、さらに興味深いかも知れません。被験者がその皮膚的な色覚に熟練した場合、その人は色のクオリアを持つようになったと言えるのか。結局どんな刺激であってもクオリアになりうる、という主張がしやすくなるのではないかと思います。

また、たとえば青という色は様々な経験と結びついているのであって、クオリア論者が行うように、色単独で論じることに意味があるのだろうか、という指摘は興味深いです。

後半の中で特に面白いのは、人間が実際に取得している外界の情報がいかに貧弱であるかという話です。

トランプを一枚、絵柄が描かれた面を向こう側に向けたまま手に持って、一番遠くまで手を伸ばし、視線は真正面を向けて、そこからトランプ五枚分ほど離した位置に手を持ってきます。この時点でトランプを裏返して、番号とスート(絵柄)が何であるか、当てられるでしょうか。

これ、実際にやってみると、本当に分からなくて、びっくりします。かろうじて色が分かる程度です。つまり、視野の周辺ではそこまで細かいものが見えないということ。人間の眼がはっきり物を見れる範囲はかなり狭いということ。

それなのに普段、視野の端まですべてはっきりくっきり見えているように感じられるのは、脳が補っているからです。

では、どのように補っているのか。 記憶に基づいて頭の中で風景全体を描き出しているのでしょうか。

別の実験。

以下の方眼の各行に、上から順に GAS、OIL、DRY という文字列を入れてください。実際に書き入れてはダメです。頭の中で書き入れている様を思い浮かべること。

しっかり脳裏に浮かびましたか? 上の行から順に、GAS、OIL、DRY です。その光景を思い浮かべることができるでしょうか。

   
   
   

それでは問題。映像を思い浮かべながら答えてください。先ほどの文章を見て確認してはダメです。


方眼に書かれている文字を縦に読んだとしたら、何と書かれているか。


横に読むのと同じように、縦に読むこともできますか。


これ、僕にはできませんでした。

思い浮かべられているようでいて、全然思い浮かべられていない。

photographic memory(写真を撮るように、目に見えている光景を完全に記憶する能力)という言葉がありますが、一般人には photographic imagination すら困難ということでしょう。

しかし、過去の光景を思い浮かべる時、まるで実際に見ているかのようにはっきりと思い浮かべられていると感じることはしばしばです。

ということは。

逆に考えてみると、「自分が今見ている光景」も、実は「はっきり見えているように思っているだけ」なのかも知れない。「思い浮かべられていると思いこんでいるだけ」と同様に、「見えているかのように脳が処理しているだけ」なのかも知れない。

たとえばマリリン・モンローの顔写真で埋め尽くされた壁紙の部屋に入ったとしたら、周囲のマリリン・モンローはほとんど見えていない、といったことが考えられます。視覚野では処理されておらず、脳のもっと奥でそのような光景が描き出されているわけでもなく。結局、「そのような部屋にいる」という命題的な情報だけが存在する、という可能性。

人間の眼には盲点がありますが、特殊な状況に置かれない限り自覚されることはありません。これも、脳内で足りない部分を補って描いているのではなく、そもそも「情報が無い」という情報を使っていないというだけ。あたかも周囲が完全に見えているかのように思わせておいて、それで問題が生じるまでは情報の欠乏を自覚させない。

変化の見落とし(change blindness) という面白い実験もありますが、これも関係するのかも知れません。間にフラッシュ挟まるだけで、写真のどこが変化したか分からなくなってしまう。人が注意を向けられている範囲は本当に狭い。

空間の構築力がこれほど貧弱なら、色の区別はどうなのでしょうか。どれだけ色をはっきり区別できているのでしょう。我々が口で主張するだけのたくさんの「色のクオリア」が本当にあるのでしょうか。

もちろん、これらの議論だけでは意識というものの存在をゼロにはできていないと思うのですが、それが我々が通常考えるよりもごくごく小さな機能しか持たないものなのかも知れない、という主張は興味深いと思います。

こうやって考えてくると、「脳内の物理的な状態がどうであれ、僕にとって重要なのはこの主観的な世界、このように見えているということなんだ」という主張は、「見えているという命題が大切」というだけの意味になってしまうのかも知れません。


もしこの本を読まれた方、読んでみたい方、興味をお持ちの方いらっしゃいましたら、ぜひ議論しませんか。ご連絡ください。

解明される意識

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2006年08月07日

ドクターフィッシュに足の皮膚を食べさせてきました。

人の皮膚を食べる魚、ドクターフィッシュを体験してきました。

トルコの温泉に生息し、昔から皮膚病治療に使われていたという魚。最近日本でも体験できる場所が増えてきて、ちょっとしたブームになっているようです。

京都では嵯峨野にあるスーパー銭湯「天山の湯」が導入しているということで、何人かで連れ立って行ってきました。

年間の最高気温を記録したという暑さの中、自転車で京福電鉄の有栖川駅に乗り付けると、ホームのベンチでベク成さんとO本さんが待ってくれていました。

京福電鉄は京都の嵐山や北野白梅町、四条大宮を結ぶ路面電車で、夏の日差しに蒸されたアスファルトの上を走る姿は何とも雰囲気出ています。改札は無いため、僕もホームに上がらせてもらいます。

ベク成さんとお会いするのはこれが初めて。
京都の大学に通う一回生。自宅は尼崎で、今日はこのためにはるばる来てくれたとのこと。
高校生の頃、推理小説をよく読まれていたそうですが、ある時、安部公房の「箱男」を読み、それまで読んできた本とあまりにも違ったために衝撃を受け、それでいて面白かったのでウェブでいろいろ検索していたところ、僕が街角で箱男をした時の報告文を見つけ、しばらくブログを読んでくださっていたそうです。
そして今回、ドクターフィッシュの会に参加したいという連絡をくれたのです。

O本さんとは、うんこの産業利用を検討する会で知り合いました。そのイベントを開催したKGCという団体でスタッフをしている大学三回生。

しばらく待っていると、kogeさんが電車で、moritamaさんが自転車でやってきました。kogeさんとは昔からの知り合い。現在は神戸市の中高一貫校で教師をされています。moritamaさんはO本さんと同じ、KGCのスタッフ。大学二回生。

駅から「天山の湯」はすぐ。スーパーの大黒屋やユニクロが並ぶ商店街の一角に立っていて、独特のロケーションです。

ちょうど僕らが着く頃に、バイクでキジさんがやってきました。

広々としたロビーを抜けて受付に赴き、ドクターフィッシュ体験を予約。人気のため、一時間待ちです。

その間、お風呂を利用します。最近のスーパー銭湯はいろいろ機能が充実してきているので、なかなか楽しめました。強烈な水流を放つジェットバスや、美濃焼の釜風呂など。年々進歩している気がするので、十年後のスーパー銭湯がどのようになっているのか、興味が持たれる所です。

時間が来て、ドクターフィッシュ体験へ。
ふやけて柔らかくなった皮膚の方がドクターフィッシュに好まれるらしいので、お風呂に入る時間があったのは好都合でした。

男湯と女湯が分かれる手前に足湯があり、そこにドクターフィッシュが入れられています。
数百匹以上いるでしょうか。
足湯は一度に六人まで利用できます。
すでに先約もあったため、我々は三人ずつに分かれての利用。

足を入れると、予想していた以上に素早く群がってきます。
十匹から二十匹、足のまわりにまとわりついて、皮膚をついばみ始めます。

非常に小刻みに囓るため、まるで微弱な電気を当てられているかのようにぴりぴりします。
爪の付け根の皮膚が非常に好きのようで、そのまわりにたくさん集まってくる。

「やっぱり、皮膚がたまってるんですかね?」
「足の裏はあまり食べられないな。堅いのかな」
「ささくれを囓られました」

年取った人の皮膚ほど好まれる、という情報がありましたが、少なくとも今回の参加者の間ではあまり差が出なかったようです。

しかし、面白いことに、我々の隣に座っていた家族連れのうち、幼稚園くらいの女の子の足には全然寄ってきていませんでした。子供の肌というのは新鮮で、ドクターフィッシュに好かれないのでしょうか。

受付の人にドクターフィッシュには皮膚だけを食べさせているのか聞いたところ、
「ええ、他の餌はやっていません」と言っていました。

つまり、人間の足の皮膚だけを食べてこの魚は育っているということ。

何となく、すごい。

自分の皮膚が魚になるということに生命の神秘を感じます。

もちろん、たとえば蚊なども人間の血で作られているようなもので、そちらも神秘なのですが。

人の足の皮膚だけを食べて育ったドクターフィッシュを天ぷらなどにしたら、罰ゲームに使えそうと思ったのですが、足湯の横に貼られている新聞記事に「一匹7,000円で購入しました」などと書かれていたため、受付の人に提案する気持ちがくじけました。

足湯の横の水槽に、大きめのドクターフィッシュが入れられています。現在は繁殖期らしく、大きい方が小さい方を食べてしまうため、分けているとのこと。

僕が水槽を覗き込むと、「きっと鯉の仲間ですね。ヒゲがある」とベク成さんがコメント。
かつて熱帯魚を飼っていたそうで、ドクターフィッシュに関しても、去年の十月頃、日本に入荷されたという記事が専門誌に載っていたのを見かけたとか。

実際、ドクターフィッシュはコイ科に属する魚のようです。
学名はガラ・ルファ。

熱帯魚用の餌も食べるらしく、熱帯魚を育てられる人であれば、飼育と繁殖はそれほど難しくないのでは、というのがベク成さんの意見でした。もしどなたか飼育されている方がいらっしゃいましたら、ぜひ遊びに行かせていただきたいです。

ドクターフィッシュ体験を含めて二時間ほどスーパー銭湯に滞在した後、渡月橋まで移動し、嵯峨野を散策。化野念仏寺まで歩きました。

ここは無数の小さな墓石が並べられていることで有名な寺。昔、このあたりは京都の人が死者を埋葬をする場所だったらしく、お参りする人もなく野原に散らばっていた無縁仏の墓石を明治の頃に一箇所に集めたのだとか。

たまたまこの日は八月六日、かつて広島に原爆が投下された日ということで、そんな話題に。

キジさんのおばあちゃんは広島の人だったそうで、親戚の優秀な人たちも皆原爆で死んでしまい、とても原爆を恨んでいたとか。

moritamaさんの実家のある東京の町田では、毎年八月六日、九日、十五日にサイレンが鳴らされ、戦争で死んだ人たちを追悼するそうです。

日が暮れる頃、嵐山駅前まで降りてきて、川沿いの土産物屋でお茶などし、他の皆さんと別れた後、moritamaさんと二人で自転車に乗って嵐山をもう一周。

天龍寺の横の池では見頃を過ぎた蓮が実を付けていました。

華やかな蓮の花とはだいぶ違い、蓮の実はなんとも気持ちの悪い形をしています。

「ちょっと前に、蓮の実画像っていうのが流行ってましたよね。人の体の写真に蓮の実を埋め込んだりすると、すごく気持ち悪い。これってどうしてなんでしょうね」とmoritamaさん。

蓮コラあるいは蓮イボと呼ばれている画像で、実際、かなり気持ち悪いです。

そもそも蓮の実自体、若干の気持ち悪さがあります。円が一定の間隔で並んでいるだけなのに。間隔がこれより広ければ気持ち悪くないだろうし、狭くても気持ち悪くない。

イボや湿疹など、皮膚にできる異物を嫌う感情から来ていると思うのですが、それがほとんどの人にとって気持ち悪く、生後の学習によって身につくものでもないとしたら、人の遺伝子のどこかにその感覚を生み出す源があるということでしょう。つまり、脳のニューロンをそのように結びつける情報があらかじめ備わっているということ。

昔から、本能というものが遺伝子にコードされているということはすごいなと思っていました。(文化的に身につくものだとした場合、「文化の中にコードされている」と考えるのも面白いと思いますが)

動物の習性、たとえばドクターフィッシュが皮膚を食べるというような行動も、遺伝子にしっかり組み込まれているわけです。

以前、この話を知り合いの小関悠に言ってみたところ、

「でも、僕は強化学習のプログラムを書いた時、すごいと思いましたけどね」

と言われました。

なるほど。そう考えてみるとたしかに、進化という学習アルゴリズムによって最適な行動が塩基対にコードされること自体は不思議ではないのかも知れない。

むしろ不思議な所は、タンパク質への転写というシリアルなプロセスからニューロンの配線という空間的な「形」が作り出される部分なのかも知れません。

コンピュータのプログラムであれば、命令の連なりによって計算が進められていく流れを理解できるのですが、タンパク質の合成から生物の形が作られる過程がよく分からないので、すごいことのように思えるのでしょう。

発生において組織が的確に作られるのと同じレベルの不思議さなのかも知れないと思いました。

kogeさんによる報告

小さいドクターフィッシュを販売

大きいドクターフィッシュを販売

輸入業者。ビジネス目的であれば、全身ドクターフィッシュ体験ができるかも?

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2006年08月04日

テンペ

僕はもう長いこと発酵食品の信者なのですが、最近、新しい発酵食品と出会いました。

マスメディアにも取り上げられ、あちこちで食べられるようになったので知っている方も多いかと思いますが、
インドネシアの納豆と言われる「テンペ」。
大豆を発酵させた食品です。

京都では河原町御池下ル西側にあるバリ料理の店「ワヤン」や
堀川二条西入ル北側「楽園ASIA」などで食べることができます。

インドネシアでは結構一般的な食べ物らしく、
炒め物にしたり煮物にしたりして、様々な形で使われるとか。

テンペはテンペ菌によって作られるのですが、
テンペ菌には実は立派な和名があるようです。それは、

「クモノスカビ」

このカビの菌糸が豆に入り組んだものがテンペなので、実質、クモノスカビを食べていると言ってもいい。

これをそのまま料理の名称に使うと、

「クモノスカビの炒め物」
「クモノスカビの煮物」

売れなさそうです。

ネーミングは大事ですね。

正確には「クモノスカビの一種がテンペ菌」という位置づけのようですが。

淡泊でなかなか美味です。

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2006年08月02日

KGC月例飲み会+研究発表会、ロールズの政治哲学、セルフリスペクト

未来社会の多様性を高めるシンクタンク KGCの月例飲み会に行ってきた。

毎月一回行われるこの飲み会は、研究発表会を兼ねている。
希望者が自分の好きなテーマについて発表するというスタイル。

今回は法学部で院生をしているK藤さんが発表されていた。
専門は政治哲学。

法学部というのは現実主義者が非常に多い所だそうだが、
哲学的なことに興味がある人、現実社会の利益以上のものを追い求める人は皆、
吹き寄せられるように同じ研究室に集まってくるので、
普段から議論の相手には事欠かず、なかなか面白い場所なのだそうだ。

K藤さん自身の研究テーマとは異なるそうだが、
研究室の教授がその著作を翻訳している有名な政治哲学者、
ロールズ(John Rawls)という人の思想について発表が行われた。

1970年代頃から有名になった人で、
アメリカで経済格差が広がっていくのに心を痛めたのが研究のモチベーションとなっているらしく、
現代日本の状況とも共通するところがあるかも知れない。

社会制度はもっとも恵まれない層の人々の幸せを最大化する maximin 戦略を採るべきだというのがその主張のひとつ。

さらに、「正義原理」という理想を実現するために必要な「基本善(primary goods)」、
すなわち「市民が自由で平等な人々であるために必要なもの」として、以下の五つを挙げている。

1. basic rights and liberties, also given by a list; (基本的人権と自由。別掲)
2. freedom of movement and free choice of occupation against a background of diverse opportunities; (多様な機会を背景とした移動と職業選択の自由)
3. powers and prerogatives of offices and positions of responsibility in the political and economic institutions of the basic structure; (基本構造を構成する政治的および経済的諸機関の責任ある職や地位における力と特権)
4. income and wealth; (収入と富)
5. the social basis of self-respect. (自尊心の社会的基盤)

特にロールズは五つ目に力点を置いて述べているという。

K藤さんによると、社会保障など、国民から税金を取ってお金のない人にまわすことを tax and transfer と呼び、
恵まれない層の人たちを支援するひとつの方法なのだが、
ロールズはこれはあまり良くないと主張している。

なぜかというと、それによって傷つけられる自尊心のダメージが意外と大きい。

自分は恵んでもらっているのだという意識が人間を苦しめてしまう。

それならむしろ、最低賃金を上げるなどといった方法で、
誰かからもらっているという意識を与えずに格差を縮める制度の方が良い、という考え方である。

個人的な経験を言えば、昔、夜回りの会という団体でホームレスの人たちに毛布を配るという活動をしていた時、
社会保障をもらえる状況にあるのにもらおうとしない人たちが結構いた。
生活保護を受けることを勧めても、断ってしまうのである。

人それぞれ事情はあると思うが、人からもらったもので生きたくないという気持ちは分かる。

最近、ホームレスの人たちが街角で売ってお金を稼ぐための雑誌 The Big Issue をよく見かけるが、その意味でも大変興味深い活動である。

自尊心を満たせる人は幸せである。

それは新しく何かに取り組もうというモチベーションにも繋がるのではないか。

自尊心と書くとマイナスなイメージが付随してしまう気もするので、
「セルフ・リスペクト」という言葉を使ってみるのはどうか。

文化の違いか、英語で self-respect と言った場合、
日本語で自尊心と言うよりも肯定的なイメージが伴う気がする。
自尊心はむしろ self-esteem と対応するのかも知れない。
self-respect はそれよりも良い響きがあるように思う。

この横文字を使って、自尊心の啓発活動ができないものか。

女性誌の見出しにも使えそうである。

「自尊心で綺麗になる!」

だとなんだか怖い感じだが、

「セルフ・リスペクトで綺麗になる!」

ならば何とか行けるのではないか。

人はセルフ・リスペクトを持てるべきだし、それを支援する活動や社会制度はもっとあってもいいと思う。

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