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2007年08月29日

こんなものまでレンタルに

最近感心した商品。金券ショップにて。

青春18切符のレンタル。たしかにできそうだけど……。

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2007年08月26日

戦中の話

帰省中、祖母から八十年の人生をダイジェストで聞かされた。かなり濃かった。

その中でもう十回くらい聞かされた話があって、内容を暗記してしまったので、せっかくなので書き記しておくことにする。

祖母が秋田県本荘市で家政学校に通っていた頃の話である。当時は小学校の後に高等小学校が二年あって、それから進路が分かれる。祖母の場合は二年間、家政学校で学んだ。つまり、今で言うところの中学三年から高校一年くらいの年頃の話。

家政を学ぶということで、当然女子校である。しかし、昭和初期という時代背景を反映してか、初代校長は滋賀県から呼んだ長刀の女教師だったらしい。設立当初は袴と縞の上着が制服だったそうだが、祖母の入学した年からセーラ服になった。秋田のあたりには大正デモクラシーの気風が都会より遅れてやってきたとかで、昭和とはいえ比較的自由な雰囲気の中で祖母は学んだという。

学校に下村先生という熱血漢の先生がいて、女子生徒の間で絶大な人気があった。祖母の話に何度も出てくる親友のAさんなどは、この下村先生にぞっこんだったらしい。師範学校出の若い先生だったそうだが、何が専門であったかは祖母に聞いてもよく憶えていないという。いろいろ教えてくれたそうだ。教師数が少なくて、いくつかの教科を掛け持ちしていたのかも知れない。とにかく生徒を激励し、自信を持たせようとする前向きな先生だった。

当時の校長は祖母の母方の叔父さんだったのだが、下村先生があんまり生徒に人気があるということでやきもちを焼いていたらしく、家に来るたびに祖母を呼び出して、彼の噂を聞いたりしていたそうである。

ところが折しも戦争が激しくなってきた。男であれば出征しなくてはならない。下村先生にも命令が下った。

それで自分の写真の裏に短い文章を書いて、祖母に渡したのだそうである。もちろん、他の生徒にも渡したのではないかと思う。祖母が今でもそらんじているのは、以下のような文章である。


おのこやも 空しかるべき 万代に 語り継ぐべき 名は立てずして
おおいにやれ。正しさと豊かさのため。あくまで歩め。
時々来てくれ。母の世話を頼む。さらば。


短歌は山上憶良の作。後世に伝える名を残せずに死んでいくのは悲しいものだ、というような意味。

祖母に言わせると、

「あの時代に『豊かさ』ってのがねぇ。他の人は言わなかったわよねぇ」

豊かさへの憧れを口にすることが憚れた時代なのである。

いや、それ以前に、戦争に行って死ぬことが空しいとか言ってる時点で問題がありそうだが、下村先生はそれで戦地に赴き、戦死したのだそうである。

昔は多くの人があっけなく死んだ。

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2007年08月23日

東京日記その2

火曜:
昼、家で仕事。
夜、日暮里のペルシャ料理店「ザクロ」で飲み会を開く。ちょっと変わった店で、民族衣装着せられてベリーダンサーと踊らされたりとか水パイプ吸えたりとか、それはそれで面白かったのだが、久々に会った人たちなのでもっと喋る時間が取れれば良かった。人数も少し多すぎた。半分の人数で二回飲み会をやれば良かった。その方が話せた。皆さんそれぞれの分野で頑張っているようだった。赤田くんはヒューゴー賞受賞作を年度順にすべて読むということをやっているらしい。いい試みだ。今となってはあまり知られていない作品がすごく良かったりするとか。スチュワーデスをしているチセさんとは八年ぶりくらいに再会した。明日も空の上だそうだ。再会が再会を呼んだのか、学生時代、海外放浪サークルで知り合いだったNさんが偶然同じ店で飲み会をしていて、「手塚くんだよね?」と話しかけられた。これも八年ぶりくらいの再会。ウラジオストクからポルトガルまで自家用車で走ったという旅好きの人。なかなかの偶然だったが、単に海外放浪サークルの人間が来そうな店だったという気もする。中東のイエメンで知り合ったイエメンファンの人たちと飲んでいた。

水曜:
昼、えもけんさんと新宿オペラシティでめし。かつての後輩の女の子を紹介してもらう。面白い人だった。
夜、仕事。

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2007年08月20日

東京日記

休暇を取って東京に帰省した時の日記。

火曜:
東京着。電話のルータを運用しているえもけんさんと池袋の「ロールプレイングカフェ」に行く。
ファンタジー世界の魔法学園内にある喫茶店ということになっていて、ウェイトレスの一人一人にくわしい(架空の)設定があるという、新時代の到来を感じさせる店。僕らにお茶を運んでくれた女の子は魔法学校の上級生で、実年齢は103才という設定、だそうである。眼鏡に少し萌えた。えもけんさんはここの常連らしい。

水曜:
昼、渋谷の名曲喫茶ライオンで読書。「帝都随一の音響設備」を誇る古い店。クラシックの名曲をリクエストできる。あまりリクエストする人がいないためか、僕の頼んだ曲ばかりかかっていた。
夜、道玄坂のビアホールでナナセ嬢、その旦那のHさん、高校の同級生のタダヨシと飲む。Hさんは神経内科医、タダヨシはオープンソース関連の本も出しているプログラマということで、脳とか生命とか新しいプログラミングのパラダイムについて話す。
夜中、祖母から八十年の人生をダイジェストで聞く。結構濃かった。

木曜:
昼、埼玉の研究所で微生物を調べているaを訪ね、最新の実験内容を見せてもらう。冷凍した大量のうんこを見せられる。実験の際、うんこをいかにまんべんなく混ぜるかが重要らしい。
夜、shim、寿司大くん、寿司大くんの奥さんが加わって、池袋で飲む。

金曜:
昼、勉強、発表用のスライドの作成。
夕方、神保町の書店街に行く。この前アマゾン経由で利用した古書店に立ち寄って、ちょっと嬉しい。
夜、皇居のまわりを一周走ってみる。北の丸公園から千鳥ヶ淵、国立劇場、国会議事堂、霞ヶ関、日比谷公園、大手町。お堀に沿ってジョギング用の道路が整備されている。道沿いに日本の中枢機関が次から次へと現れるのは圧巻。
女性がかなり多く走っている。ダイエット目的であろうか。ここはニューヨークかという感じ。いつか皇居周辺で働いている知人たちを集めてジョギング企画をしたい。

土曜:
朝、KGCの柴田さんに紹介してもらったベンチャーキャピタリストの若林さんと渋谷で会う。友人Yやそのボストン時代のルームメイトであるダーミくんも来る。
昼、同じく柴田さんに紹介してもらった触覚の研究者である仲谷さんの研究室を訪ねる。世界でまだ三つしか発見されていないという触覚の錯覚のうち二つを体験する。一つは仲谷さんが発見したもの。
午後、築地の魚問屋で働いている寿司大くんより大量の魚を購入。a宅に大勢で押しかけて調理して食う。魚パーティー。
夜、筑波のY宅泊。チャート分析のウェブアプリ「株グラフ」を作っているオズミックという会社の事務所を兼ねていて、スタッフが五人くらい同居して開発を進めている。デイトレーダーのsingooさんよりテクニカル分析の各種テクニックについて教えてもらう。いろんな経験的なルールがある。面白そう。

日曜:
昼、土星の惑星タイタンを研究してる石丸さん、KGCで「研究者図鑑」を作っている西尾さんと本郷でお茶をする。タイタンとエウロパとエンケラドゥスの違いについて聞き、土星と木星と小惑星帯のあたりに思いを馳せる。
研究のアイデアもちょっともらう。
夜、保険会社で働いているbabaさんと新丸ビルの蕎麦屋で飲む。

月曜:
家で仕事。

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2007年08月13日

公園の猪

週末は阪急岡本駅近辺のカフェで本でも読もうと思い立ち、ふらりと出かけてきました。

岡本というのは阪急神戸線沿いにあって、カフェの多そうな雰囲気を漂わせている駅です。

駅から歩いて五分くらいの所に岡本梅林公園という小さな公園があるのですが、散歩がてらに歩いていってみると、公園の中で猪に出くわしました。牙のない大きな猪が二頭と、たくさんのうり坊。

神戸ではあたりまえの風景なのでしょうが、僕は野生の猪に遭遇するのが初めてだったので、ちょっと感動しました。

こんなでかい野生動物が街の中をうろついているなんて……。

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2007年08月09日

仏教を一語で言い表すと

その日、僕はタイ料理店で昼飯を食っていた。

僕の食事はたいてい中華料理かインド料理かタイ料理なので、その店も頻繁に足を運んでいる場所のひとつである。

店内におかれたテレビは普段、タイの歌謡曲のDVDを流しているのだが、その日はたまたまタイの観光紹介のビデオを流していた。外国人向けビデオなのか、説明は英語である。

何気なく聞き流していたのだが、タイの寺院の映像と一緒に、「タイ人は何々を求めてお寺に来る」という説明が流れた。

その「何々」という単語を聞いた時、それが仏教というものを非常に良く言い表していると思い、変な所で感心してしまった。仏教の思想の簡潔な要約なのである。

それで僕は最近、「仏教を一語で表すならこの言葉だよね」といろいろな人に言ってまわっているのだが、納得してくれる人とくれない人がいる。

仏教に対する思いは様々であって、一語にまとめるなどということには無理があって当然なのだが、それでも面白くていろんな人に言ってしまう。

その言葉は仏教の思想的な側面と社会的な側面を共に表している点がよく出来ていると思う。英語では一つの単語で言い表せるが、日本語に訳した場合は二種類の語に分かれてしまうので、今まで気付かなかったのである。

さて、その言葉とは何でしょう。

比較のために、キリスト教を一言で表すとしたら、やはりLoveではないだろうか。

これはかなり多くの人が納得してくれる。少なくとも日本人のキリスト教理解はLoveで間違いなさそうだ。

キリストLove。愛の宗教だ。

仏教の場合は何か。

何でしょう。

もう答え書きますよ。

僕がタイ料理店で耳に挟んだ言葉は、Peaceである。

心の平穏と社会の平和。

日本語では「平穏」と「平和」という二つの語だが、英語の場合はPeace一語になる。

もちろん、かなり無理があるとは思う。1MBの画像を5バイトに圧縮するような荒っぽさだ。それでもこういう要約があってもいいのではないか。

キリストは地上にPeaceをもたらすつもりで来たかも知れないし、仏陀のLoveは素晴らしいものかも知れない。

しかし、やはりしっくり来るのはキリストLove、仏陀Peaceという気がする。

そう考えるとヒッピーがよく使うLove and Peaceというのは含蓄のある言葉だ。
東西の思想を融合させているような所がある。

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2007年08月05日

タイ帰りの友人とかと飲む(自由意志/詩を作るプログラム/躁鬱病など)

タイで長らく暮らしていた友人phaが日本に帰ってきたので、木屋町の八文字屋に行って飲んだ。

その友人で物理学科出の坊さんである躁狂、大学院で社会学を研究しているシャーハーとかも来る。

人間の自由意志や時間の不可逆性、詩を作るプログラムなどについて話す。


【話題その1】

商品推薦システムの精度が上がっていって、自分が何を買うかが完全に予測されるようになったらきもいよな、と僕。

「若いうちは反発するかも知れないけど、30代とかになったら『楽でいいや』ってなりそう」とpha。

計算機の能力は継続的に向上していくが、人間の脳の能力は一定なのだから、見事に予測されるようになってしまうというのはありうると思う。それとも「自由意志を守るために」脳を増強させるか。

たとえば自分が誰に投票するか完璧に予測されてしまったとしたら、投票する意味あんのか、とか思う。快適さとアイデンティティの相克。

僕の自由意志は頭の中ではなく予測装置の中にあると思わなければやってられない。


【話題その2】

phaとシャーハーは元々短歌サークルで知り合ったそうだが、最近プログラミングにはまっているpha、「短歌作るプログラム書きたいよね」とか言う。「でも、そのうちすべての短歌はコンピュータによって作り尽くされてしまうかも」

僕も昔そんな風に思ったが、そんなイメージを抱くのはおそらく我々が指数関数的増加をうまく捉えられていないからだろう。五十音の31乗というのはとてつもなく多い。もちろん、日本語の文法に厳密に従わせるのならだいぶ減るが。音楽のメロディがいつか尽きてしまうのではないかという危惧も同様だろう。

phaがとりあえず作った「村上春樹風に語るスレジェネレータ」


【話題その3】

躁狂は長らく躁鬱病だったそうだが、最近症状が軽くなってきた。ところが逆に日々の生活がのっぺりとして感じられてきて、

「最近、すごく平穏でつまらないんですけど。普通の人はこうなんでしょうか」と主治医に言ってみたところ、

「そうです。だから普通の人は映画を見たり酒を飲んだりして、自己を波立てようとするんです」と言われたのだそうだ。なんかその先生、名医っぽい。


【その他】

抽象的な話で延々と盛り上がっていると、店のバイトの女の子が突然、「歌います」とか言って、沖縄民謡の「十九の春」をアカペラで歌い出した。
かなりうまかった。八文字屋で開かれるライブでよく歌っているらしい。しかし店のカウンターでアカペラとは。あいかわらず変な店だ。

初対面のお客さんが僕のブログを読んでくれてるとか言っていた。「これからもいろいろ変なことしてください」と要望を受けた。

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