2007年07月21日

エヴェレットの多世界解釈とか

ちょっとエヴェレットの多世界解釈というのに興味を持って、本人の書いた論文とか読んでいました。

Hugh Everett, "Relative State" Formulation of Quantum Mechanics, Reviews of Modern Physics, Volume 29, Number 3, 1957.

無数の並行世界が存在する、みたいなイメージで語られることの多い多世界解釈ですが、そもそものモチベーションは波動関数の時間発展と収縮という二つの原理を設けるのをやめて、時間発展だけで考えようということだったようです。

そのため、観測者を量子力学的な系の外に置くのではなく、観測者も含めた系を考える。すると観測の瞬間に固有状態に飛び移るということはなくなって、無数の「観測結果」を重ね合わせた状態のまま時間発展していくことになる。孤立系としての宇宙全体を考えたら観測者なんてどこにも置けない、というようなことも書かれています。

エヴェレット自身は「多世界」という言葉は使っていなくて、「観測結果の重なり合い」という表現を使っているのみ。「多世界解釈」はデウィット(Bryce DeWitt)という人が後にエヴェレットの理論に与えた解釈のひとつなのだそうです。

この理論の問題のひとつとして、確率を考えないために、実験を繰り返し行った際に特定の頻度分布が生じてくる仕組みをどう説明するか、というのが挙げられるかと思います。

エヴェレットの論文では重ね合わせの状態 ψ=Σa_{i}φ_{i} におけるa_iの関数として測度mが導入されます。この関数が加法性の要請によりa_iの絶対値の二乗となり、測度なので確率と同様の振る舞いをする、と主張されています。

mが何の量を表しているかはそれほど明確に言及されていないのですが、「多世界」の解釈に基づいて意味を充てるなら、“世界数”あるいは“世界量”を表すことになるのでしょうか。つまり、ある事象が生じる世界の多さがその事象の確率的起きやすさに相当する。しかし、普通に観測を確率的現象と考えるのと比べて、まわりくどい気がしないでもありません。量子力学のモデルというより、確率論のモデルになっている気もします。いわば「確率の多世界モデル」。このあたりをもっと突き詰めて考える必要があるように思いました。

以下はwikipediaの記事からの要約なのですが、エヴェレットは博士課程生の時に考えたこの理論をボーアに見せ、軽く受け流されてしまって意気消沈。理論物理の道を捨て、シンクタンクを創業。自ら考えた最適化アルゴリズムを軍や民間に提供することで、大金持ちになったそうです。一方、1957年に注目されなかった論文は1970年代になって有名になり、時代の寵児に。しかし、主流な解釈となる所までは行かず。

また、エヴェレットの娘さんは統合失調症だったらしく、後に自殺。息子はそれなりに有名なバンドのボーカリストになったようです。


http://en.wikipedia.org/wiki/Hugh_Everett

息子
http://en.wikipedia.org/wiki/Mark_Oliver_Everett

なんというか、幸せとも不幸せとも言えない人生ですね。

Posted by taro at 00:29 | Comments (4)

2007年07月05日

最大エントロピー法、主観主義統計力学

院生のK藤くんが実験データを得られなかった領域に確率をどのように割り当てたらいいのかと聞いてきたため、最大エントロピー法というのを使えばいいのだと考えていろいろ調べていたのだが、そこから統計力学と情報理論の間をつなぐ文献をいくつか見つけて興味深かった。

最大エントロピー法というのは拘束条件が少ないため確率を一意に決定できない場合、全体のエントロピーが最大になるように割り当てを行えばよいという考え方。たとえば事象A,B,Cがあり、Aの起きる確率が1/2ということは分かっているが、残りの二つの起きる確率は分からない場合、BとCに1/4ずつの確率を割り当てるのが直感的にもっともらしいように感じられるが、これは実際エントロピーを最大化する割り当てになる。エントロピーは不確かさの指標であるので、与えられた情報が少ない時は余計な仮説を立てず、もっとも曖昧な推測をしておこうということ。等確率の原理と似ているが、天下り的に導入するのではなく、人間の推論の仕組みであるという裏付けを与えている。(情報量やエントロピーがなぜ知識や不確かさの指標であるかというのはシャノンの議論に準拠)。また、条件がもっと複雑な場合にも使えるというメリットがある。

もともとはギブスが統計力学の問題を解くために考えたモデルを二十世紀になってジェインズ(E. T. Jaynes)という人がより一般的なアルゴリズムとして提唱したものらしい。実はシャノンが情報理論で使ったエントロピーの定義 Σplog(1/p) も元はギブスがボルツマンによるエントロピーの定義 klog W を再定式化したものであって、ギブスエントロピーと呼ばれたりするのだそうだ。ギブスエントロピーにラグランジュ未定乗数法を適用するだけで熱力学におけるエントロピーの定義 dS=dQ/T や分配関数、ボルツマン分布まで出すことができる。

Information and Entropy: Energy
Information and Entropy: Temperature

最大エントロピー法の提案者であるジェインズは確率に関して主観主義者(ベイジアン)なので、統計力学におけるマクロ的な現象も系の客観的な性質ではなく、それに関する推測を行う際の観測者側でのルールに基づくものである、と主張している。つまり統計力学は「力学法則+統計的推測の理論」という風に切り分けられるということ。これだと分子が特定の状態にある頻度といったものを考えなくてよいため、エルゴード仮説も不要になる。

E. T. Jaynes, Information Theory and Statistical Mechanics, Physical Review, Vol. 106, No. 4. pp.620-630, 1957

Wikipedia記事: Maximum entropy thermodynamics

熱力学第二法則でエントロピーが増加するのは我々の知識が時間非対称だからだそうである。これは興味深い議論だと思うのだけど、あまりくわしい言及がない。

S. F. Gull, Some Misconceptions about Entropy, 1991

なお、日本語では熊沢逸夫「学習とニューラルネットワーク」(森北出版)や田中和之「確率モデルによる画像処理技術入門」(森北出版)といった本にもギブスエントロピーから熱力学的エントロピーの導出が載っていた。

Posted by taro at 01:07 | Comments (0)

2007年02月03日

今更「どどいつ」というものを知りました。

「ざんぎり頭を叩いてみれば 文明開化の音がする」

「立てば芍薬 座れば牡丹 歩く姿は百合の花」

「土佐の高知の播磨屋橋で 坊さん かんざし 買うを見た」

「丸い玉子も切りよで四角 ものも言いようで角がたつ」

「上を思えば限りがないと 下を見て咲く百合の花」

どこかで聞いたことがあるこれらのフレーズ、すべて「都々逸(どどいつ)」というジャンルに分類されるということを最近知りました。

7・7・7・5 というリズムだそうです。

以下のページに載っているどどいつ、かなり面白いと思うものもあります。

今月のおすすめどどいつ

都々逸お気に入り

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2006年09月25日

週末ずっと聴いていたサイト

週末、研究室にこもって仕事している間ずっと聴いていたサイト。

名曲スケッチ

どこかで聴いたことのあるクラシックの名曲と、その説明。

元になっているMIDIは以下のサイトなどから来ている。

ラインムジーク

仙姑宮

しかし、名曲スケッチは見せ方が特にうまいと思った。

アヴェ・マリア

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2006年04月11日

朝っぽくない朝

土曜日の午前九時、家を出て、「あれ?」と思いました。

朝なのに、朝っぽくない。

街並みがまるで午後のような色合い。

洋菓子店の白い壁を照らす光が薄いオレンジ色を帯びている。

朝の爽やかな透明感がありません。

通り全体が柔らかな午後の光を受けているように見えます。

まさか、自宅の時計が壊れていて、ものすごく寝坊してしまったとか?

しかし、いつも出勤の途中で見ている寺町二条の京都銀行の時計も午前九時を指している。

こういう日もあるのかなと不思議に思いながら、とりあえず研究室に行きました。

午後になると空はさらに薄暗くなり、地上もなんだか空気がどんよりしてきて、五百メートル先も霞んでいるように見えます。

かといって、霧が出るほど寒くもない。

上空を覆う薄い雲のような霞に遮られ、太陽が鈍い光を放っている。

強い風が吹いています。

その時になって、ようやく原因に気付きました。

「黄砂」

ですね。

関西に住んで九年ですが、こんなにはっきりと感じたのは初めてでした。

西日本と日本海側でよく見られるらしく、関東で育った僕はあまり経験がありません。

日本海側からも近い京都では、関西の中でも比較的強く現れる方なのではないでしょうか。

三月から五月にかけて見られるようですが、四月が一番多い。

中国大陸から舞い上がった砂塵が風に乗って日本までやって来るというのはスケールの大きな話です。

中国で放牧や耕地開発が進むにつれて、日本に吹き付ける黄砂の量は年々増えてきているとか。

朝と夕方で光の色合いが違って感じられるのは、
日中の気流で上空に舞い上がった粉塵が波長の短い光を吸収するという仕組みではなかったかと思います。

黄砂が上空を覆ったことで、朝から午後の色合いになっていたのではないかと思います。

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2005年08月30日

小豆島・砂岩と泥岩

研究室の旅行で小豆島まで行きました。

姫路からフェリーに乗り、一時間かけて瀬戸内海を渡ると、穏やかな海の向こうから、予想以上に大きな小豆島が近づいてきます。

小豆島には瀬戸内海でもっとも標高の高い山もあり、海に面した断崖は瀬戸内の他の島よりも急峻なように思えます。

フェリーは島の北東に位置する福田港に接岸。
小さな港の両側には切り立った山が聳えています。
石を切り出すのに使っているのか、岩肌が露出しています。

岩山を見た研究生のIくんいわく、

「右は砂岩と礫だけど、左は泥岩ですね」

「違いが分かるの?」

「ええ。見たら分かります」

Iくんはうちの研究室の所属ですが、学部生の頃は理学部で地震シミュレーションの研究をしていました。そのため、地質に関してはくわしい。

若干解説してもらうと、基本的に泥岩の層は砂岩の層の下にできるそうです。
なぜかというと、陸から運ばれた土砂が海中に堆積していく時、砂礫は河口からすぐの場所で沈んでしまうのですが、泥はさらに沖合まで運ばれて堆積する。
堆積によって平野は広がっていくため、最初は泥しか届かなかった領域の上にも次第に砂礫が積もるようになる。
結果として、泥岩の層の上に砂岩の層ができる。

「ここは隆起だけでできている山みたいなんで、火山岩の層も無いし、削りやすいんだと思います。あれだけの砂岩の層ができるには、ざっと一億年かかるんじゃないかな。あの泥岩の層からはきっと化石が見つかりますよ」

山にはいろんなロマンがあるようです。

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2005年08月17日

風邪の原因

大学院生になった頃から、風邪を引くことが多くなりました。

加齢に伴う体力の低下かなと嘆いて、プールに通って鍛えていたりしていたのですが、
それでも毎年何度か必ず寝込んでいました。

風邪を引くのは夏が多かった。
蒸し暑い夜、冷房を切ってサウナ状態になった部屋で汗まみれになりながら、
少し布団がはだけただけでくしゃみをして、苦しんでいました。

そんなある日。
同じ研究室の友人Kがぼくの席で作業していた時、言いました。

「この席、めちゃめちゃ冷房の風が当たんな」

その一言はぼくに衝撃をもたらしました。

自分では気付いていませんでしたが、微かな風がずっと当たり続けている!

風邪で苦しんだ日々が走馬燈のように駆け巡りました。

すぐに別の場所に新しい席をこしらえ、今までの席は本棚で封鎖しました。

それ以来、風邪を引くことは無くなりました。

あの苦しみは何だったのだろうという感じです。

こういう何気ない理由で風邪を引きまくっていたり、太っていたり、頭痛がしていたりする人、他にもいるのではないかと思います。

先週、久々に風邪を引きましたが、今年から新しいオフィスに移動したため、また冷房のせいではないかと疑っています。

Posted by taro at 21:38 | Comments (0)

2005年08月03日

芸術のメタデータ

先週の日曜日、関わっているプロジェクトのミーティングがありました。

「知的資産のための技術基盤」という大きなプロジェクトのうち、「異メディア・アーカイブの横断的検索・統合ソフトウェア技術」という課題で、全国の博物館・美術館のコンテンツを横断的に検索できるようにするシステムを作るというプロジェクトです。

そのプロジェクトメンバーである国立情報学研究所の安達淳先生の研究室では、博物館のコンテンツにメタデータを付けるという作業を進めています。
すなわち、絵画や工芸美術などのコンテンツに名前・作者・製作年代などのメタデータ(対象作品を説明するデータ)を与え、検索できるようにする。
その成果は文化遺産オンラインというサイトで公開されています。

http://bunka.nii.ac.jp/jp/

実際のメタデータは各博物館の学芸員さんたちに入力してもらうわけですが、
事前にどのような属性を入力してもらうかは決めておく必要がある。
つまり、スキーマを定義しておかなくてはなりません。
今後も使われ続けるデータなので、なるたけ充実させたい。

では、どのようなスキーマにすればよいか。

これが案外頭を悩ませる問題だそうです。
対象となる文化財の種類が多様であるため、共通のスキーマが定義しにくい。

たとえば安達先生いわく、「近代以前の日本の芸術作品には『名前』が無いんです」。

もちろん、一般的に使われる呼称みたいなものはあるのですが、
「紫紙金字大方広仏華厳経巻第六十三」とか、
「花鳥獣蒔絵螺鈿聖龕」とか。
要するにその作品を説明する属性を並べたものが名前とされている。

絵画の場合は、
「紫陽花郭公図」とか、
「牡丹猫図」とか。
描かれている内容を並べただけ。作者がそのような名前で呼んでいたのかどうかも定かでない。

もともと確定的な名前が無いので、展覧会が開かれるたびに学芸員によって違う名前が付けられたりしていたらしいです。
属性の順番が入れ替わることはしょっちゅうとか。

このように適当な形で付けられている「呼び名」を、近代の作品における意図的な「作品名」と同一視してよいのかどうかという問題があります。

また、古い作品は作者名も曖昧だったりします。
茶碗だと、どの窯で焼かれたかが伝わっているだけで、誰が作ったのか分からない。

ひょっとしたら昔の人にとっては、芸術作品の名称や作者名は今ほど重要ではなかったのかも知れない。

現代では芸術がメディアを通して語られることが多くなったからかも知れませんが、
名前や作者名といった属性が当然のように付けられています。

いわば芸術作品が強いアイデンティティを持つようになってきているということでしょうか。

Posted by taro at 23:40 | Comments (5)

2005年07月02日

馬券の買い方

先日、散髪屋に行くと、店のお兄ちゃんに

「手塚くんに教えてもらった方法で馬券買うようにしたら結構勝ってんでー」

とか言われました。

ぼくは競馬はまったくしないし、馬券の買い方もよく分かりません。
もちろん勝ったことなんて一度もありません。

誰か別の人が言ったことをぼくと間違えてるんだと思い、思わず聞き返しました。

「どんな方法ですか」

「馬と騎手には相性があるから、その組み合わせで統計を取った方がいいって……。言うとったやん」

なるほど。それなら言ったかも知れない。

たしかに人と馬の相性というものはあるのではないかと思います。

というのも昔、アメリカの片田舎に暮らしていた頃、
家の隣が馬とか飼っている牧場で、
何を思ったか親が馬の乗り方を憶えてこいというので
その牧場の乗馬教室に通っていたりしました。

近所には自分の馬を持っている人が多かったのですが、
マイ馬を持たないぼくのような子供は、いつも牧場所有の馬に乗らせてもらっていました。

その中で一頭だけ、ぼくの言うことをまったく聞かない馬がいるのです。
いくら歩け歩けと綱を引っ張っても、草をむしゃむしゃ食べたりしている。
ジョンだったかロバートだったか忘れましたが、実に腹立たしい馬だ。

ところがある日、ぼくは見てしまいました。

その同じ馬が別の生徒にはしおらしく従っているではありませんか!

つまり、ぼくはその馬になめられていたわけです。

ぼくもその馬をあまり愛していませんでしたが、
その馬もぼくを愛していなかった。

その頃のぼくはまだ十二歳の純情な少年でしたから
子供心にショックでした。

しかし……
馬と人の間には相性があるのだ!
と考えて自分を納得させました。

あの時の心の痛みが今になって
誰かの馬券理論として役に立っているのであれば
小学生のぼくもきっと喜んでくれるのではないかと思います。

Posted by taro at 12:13 | Comments (0)

2005年06月23日

出た、ごはんゼリー

今日、コンビニで見かけてちょっと感動した商品。

お米生まれの腹持ちゼリー
「GOHANDY(ごはんディ)」

忙しい朝に手軽に取れる、お米の糖化液から作られたソフトパウチ入りゼリー飲料。

たしかにそれは可能ですね。
今まで商品化されていなかったことが不思議なくらいです。

個人的にはあまり食べたいという気が起きませんが。

他にもいろいろ魅力があります。

長野県産のコシヒカリ100%使用。

185gおにぎり型ソフトパウチ。

ヨーグルト風味。

http://www.pokka.co.jp/natulife/lineup/gohandy/

Posted by taro at 00:09 | Comments (4)

2005年06月12日

人間洗濯機

昔、ぼくが美容室で利用しようとして「女性向けです」と断られてしまった「人間洗濯機」が
6月12日付けの朝日新聞一面に載っていました。写真付きです。

1970年の大阪万博を振り返るという記事で、
どうやら人間洗濯機は万博の展示物のひとつだったようです。
朝日の記事いわく、

> カプセル内に座ると、かかり湯から洗い、乾かしまで約15分。
> 超音波の泡で見えない汚れまで落とす「未来の健康浴槽」と、うたった。

すばらしい装置ではありませんか。

> 万博後、形や機能が似たものを数百万円で市販したが、10台ほどしか売れなかった。

市場はシビアです。

現在、大阪府守口市のサンヨーミュージアムで開催中の「大阪万博思い出展」で
同じ人間洗濯機が展示されているそうです。

Posted by taro at 20:22 | Comments (1)